溢れるほどの花を君に

ゆか

文字の大きさ
上 下
20 / 61

20

しおりを挟む
『ルックルックの卵』でも物価の上昇は深刻だ。商品の値段は2倍に跳ね上がり、菓子類は殆ど無い。店内には客は少なく、何時も明るく大きな声で話すエルマーの顔には疲れが見え、申し訳なさそうに微笑んだ。


「嬢ちゃんごめんね、今日は何時ものは無いんだ」

「・・・・小麦が、上がってるんでしょ?まだ手に入るの?」

「伝手を幾つも使って少しでも安いところを探してる。手に入るけど高くてね、降臨祭までは体面を保ちたいんだけど、うちみたいな小さな店にはキツいね」


わしゃわしゃとエミリアの頭を撫で困ったように笑う。


「今は神子様の御披露目があるってんで皆お祭り騒ぎ、多少高くても経済はよく回ってる。またそのうちに元に戻るさ」

「・・・ええ」


エミリアは棚からビスケットの包みを一つ取りエルマーに代金を支払う。


「エルマーさん、疲れてるのね」

「ごめんね嬢ちゃん」


困ったように笑うエルマーを、エミリアはじっと見つめた。


(戦は何時も民を捲き込む。国同士の勝手な都合で飢え苦しむ。物価の上昇は国や貴族、富裕層の買い占めが始まっているから起こる。王都でこれなら離れた町や村はもっと深刻なはず。)


「元気の出るおまじないしてあげる」

「おまじないかい?いいね、お願いしようかな」


またわしゃわしゃと撫でるエルマーは今度は楽しそうに笑った。


「目を閉じてぎゅっとして?」

「ありがとう。気遣ってくれているんだね」


エルマーはエミリアをきつく抱えるように抱きしめる。


「エルマー、貴女に女神の加護を」


エルマーの体がふわりと優しく輝くも、エルマーは気が付かずエミリアを抱きしめた。



特定の誰かのためだけに祈るのは良くない。分かってはいてもエミリアにとって彼らの前では只のエミリアでいられた。

もう会えないかもしれない彼らに少しの恵みを、祈らずにはいられなかった。



エルマーと別れ町を歩く。降臨祭まで日がないからか、夜の帳が下りても道行く人の数は減るどころか増えて行く。

表通りに面した店や、その周囲の店は変わらず営業をしている。華やかな装飾に彩られ、派手な服装の者達が笑い合う。豊かできらびやか。

少し裏通りを歩けば活気の無い店が幾つもある。都に店を構えるからとお金があるわけではない。庶民向けの店は物価の上昇の影響を受け、だからと言って値上げをすれば売れると言う訳ではない。








「久しぶりね。遅れてごめんなさい」

「いや、来てくれて嬉しいよ。リアも元気そうで良かった」


ある料理屋の一室、エミリアは一月ぶりにジュリアスと向かい合っていた。

個室の外ではジュリアスの連れてきた騎士とジャンが守り、室内はリフィルとヴィル、ジュリアスの護衛が二名が待機している。ジャンを部屋から出すのに、ジャンは不満を口にしたがエミリアは譲らなかった。

テーブルの上には、ケーキやスコーン、軽食が並び、ヴィルが先程と同じように給仕してくれた。


「・・・・随分と街が荒れてるわ。向こうはどうだった?」


「兵も民も開戦の噂にピリピリしている。長いこと大きな争いが無かったからね。随分と神経質になってる。ギリギリ保たれていた平和が崩れる。何時かは始まるとわかっていても、間近に迫り、冷静さを欠くものもいる。国境の向こうにも動きがある。かなり強気な数兵を集めている」


本来なら降臨祭後立つ筈のジュリアスは降臨祭を目前に、正式に継承権を放棄し公爵として前線の農地へ、メルヴィス公爵として側近のロイ・サルディアス子爵を伴い立った。


降臨祭を2日後に控え、ロイを置いてジュリアスは戻ってきた。


「メルヴィス領でも値上がりが?」

「ああ。今期の収穫はまだだが恐らく殆ど備蓄に回る。父は降臨祭後、7日で開戦を宣言する」

「止まらないのね」

「私の力不足だ。すまない」

「ジュリアスのせいではないわ」

「いや、民の上に立つ王家の責任だ」


する必要のない継承権の放棄、エミリアは何故かとジュリアスに尋ねた。だがジュリアスは何も言わずエミリアに笑顔を向けた。


長く続く隣国との争いは、元を正せば神子の取り合いから発展している。元々広大な一つの国であったが、西と東で恵みの神子を取り合った。今はもうそんな理由だけではないが、二国間の確執は深く根強い。


「リア、ガレスの体調はどう?」

「大丈夫よ。体力は少し落ちているみたいだけど元気」

「そうか。・・・・ちゃんと踊れるかい?」

「ダメなら私がガレスに手を添えて回ればいいのよ」

「ではガレスの後なら誘っても?」

「どうかしら。それより」

「わかってる・・・・・・君が、欲しがった物だ」


ジュリアスは簡素な封筒を差し出す。差し出された手に、渡すことを躊躇うも、ジュリアスはそっと指を離す。エミリアは受けとると中身を確認した。


「本当は渡したくない」

「ええ、でも気にしないで。私が知りたがったの。ガレスも、神官長も教えてはくれないから私がジュリアスに無理に頼んだのよ」




エミリアは封筒から入っていた書類を取りだし目を通すと、ジュリアスは心配そうにエミリアを見つめた。

考え込むように、何度も最初から読み返す。時折ため息をつきカップに口をつける。


「ガレスの祈りが届いているのか、備えのお陰か不作だが何とか回っている。大きな病や水害も起きていない。葉物は何とか取れているがいも類などの根菜は減少してる」

「不作の原因は降水量の減少だけ?」

「いや、土地が急激に痩せている。現子爵が水路を作り森で腐葉土を作っている。家畜は、まだ平気だ。街のものはリアが来る前に戻っただけだと思っているようだが」

「今年の種麦は、足りている?」

「・・・・・我が領含め、他の領から融通する」

「国からの支援は」

「領からの要請は上がっていない。ギリギリまで隠すつもりだ。表立った事になれば領民は不安になる。恵みの神子とのトラブルが明るみに出れば住み慣れた故郷を捨てるものも少なくない人数出るだろう。領民が減れば領は荒れる」



(神子と婚約者が街を去り領主が代わる。マーガレットは離れた地で療養、何もなかったと思うには無理がある。皆、考えたくない)


「・・・・・・調べてくれてありがとう」

「リア、君のせいじゃない」

「無関係じゃないのよ」

「彼は、知ってるのか?」

「どうかしらね。話したこと無いから、、、」


自分からは伝えるつもりはない。そう言ってエミリアは書類をジュリアスに戻した。


「リア、君は優しい」

「どうかしら」

「彼の耳に入らないように部屋から出したのだろ?」

「たまたまよ」


「君には、王都に居て欲しい。」

「無理ね。ここに居たら王家の傀儡にされる」

「だが」

「一つ頂くわ」

「あ、ああ、食べて?君のために用意したんだ」

「頼みすぎよ、こんなには食べられない。」

「じゃあ好きなものを教えてくれないか?無駄を無くすためにも。」


ニヤリと悪戯っぽく笑うジュリアスに、じと目でため息をついてからヴィルに頼み皿に取り分けてもらう。


「スコーンにつけるのは、気分にもよるけど、ジャムではなくだいたいメイプルシロップ。ケーキはシンプルなのが好き。チョコレートとかキャラメルとか、ねっとりと甘すぎるものは苦手。さっぱりとしたフルーツ系が好きね。サンドイッチはチキンと野菜のサンド。肉より野菜、魚も、まあ好きね。スープはトロトロのポタージュが好き。嫌いなものは、、臭いや味が強いもの、酢の効きすぎた酢漬けとか、魚の漬物、臓物系ね。」


ジュリアスは驚き大きく目を見開き口まで半開きの状態。


「・・・・・・・・・・・・・・・リア」


「何?」


「もう一度」


「嫌」


顔を赤くしながら口元を押さえ、エミリアを見つめる。

初めて自分のことを話してくれたことに不意を打たれ動揺した。何時ものように返ってこないと思っていた。


「・・・・・・・話を、反らしたね?」

「これ、美味しい」


半分に割ったスコーンに、メイプルシロップをかけて、たっぷりと染み込んだスコーンを手ではなく器用にフォークで口に運ぶ。

何度も一緒に茶の席に着いているが、エミリアが美味しいと言ったのはこれが初めてだった。



「それは良かった。残りは持ち帰ってくれ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

処理中です...