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その後のお話

帰る場所

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「分かりました。では、一日凛子様をお借り致します」


「壊さないよう大切にね?」


「何の話? それに私と出掛けたらお休みにならないよ??」



全く休暇を取らない私を心配した凛子様が、どうにかして私に休暇を取らせようとカイルを巻き込んだ。

私にとってお傍に居られる時間は何物にも変え難く、休めと言われただけで体の芯が鉛のように重くなる。

何を言われても嫌だ結構ですと突っぱねる私を見て、凛子様はカイルに助けを求める。

カイルに何を言われても離れる気は更々無いが、当然カイルも分かっている。

少し困った顔で私を見て、二人で街に行くことを進言してくれた。




「実は買いたいものがあるのですが、私はあまり趣味が良くないのでもしよろしければ見立てていただけないでしょうか」

「アリエーラで趣味が良くないのなら私はそれ以下の気がするけど」

「いけませんか? 出来れば街の屋台で噂のクレープ屋にも行きたいのですが……」


しゅんと耳を伏せ俯いて見せれば慌てた声が上がる。


「わ、私も久しぶりにクレープ食べたいなぁ! 折角のお休みなのに私と一緒でもいいなら是非いきたいわぁ!」

「本当ですか? とても楽しみです」

「私もとても楽しみだわ」


柔らかい笑みに胸がキッュとする。

約束を取り付けた私はカイルに予定を調整してもらい6日後に時間を貰うことが出来た。

どこに行こうか、何を買い何を食べようか。指折り数えながらその日を待った。






「凛子様、どんな物がいいでしょうか」

「う~ん、アリエーラが選んだ物ならどんな物でも喜びそうだけど、男の人だからあまり華美なデザインよりもいつもつけてられるようにシンプルな物の方が良いんじゃないかな?」


私はこの機会にグレンとセオルに贈り物をしようと考えた。


私たちの関係は普通と違う。嫉妬深い獣人は番を二人も持たない。

私にとって二人は番では無い。ないのだか、最近は二人といるととても穏やかな気分になる事が増えた。自分でもよく分からないが番では無い二人を、何故か特別に感じる。


男二人と関係を持ち、それぞれとの子がいる私たちの関係について凛子様は何も言わない。どちらかを優遇することも無く子供にも平等に接した。

きっと聞きたいだろうと思う。それでも聞かれない事にホッとしてる。



「これにしようと思います」

「素敵ね。石は、決まってるの?」

「はい」


少し申し訳無さそうに聞く凛子様に笑顔で返事をし店主に加工を頼む。その間店の中で商品を眺め、ふと目についたのは二人にと選んだ物よりも細い作りの腕輪。二つの石をはめ込める 夫婦用のものだ。


「これ使いやすそうね」

「はい、少し華奢な作りですが凛子様の細い手首によく似合いそうです」

「ん? 私? ん、んー。てゆうかそんなに細くないわよ?」

「そんな事ありません。ほら、よく似合います」


棚から手に取り嵌めてみればやはり良く似合う。


「私よりアリエーラの方が似合うわ。付けてみて?」


凛子様は自分の腕から腕輪を外すと私の手首に嵌めた。

夫婦用の腕輪、石は入っていないが愛する人から付けられた事に身体中の血液までもが歓喜に震える。


「……お揃いで、付けたいです」


「いいと思うわよ? でももう加工頼んじゃったから変更は」


「いえ、凛子様と」


「私と?」


「姉妹や親子で同じものを身に付けることも、あると聞きました」


「でもこれって」


「嫌、ですか?」


遺品や戦いの御守りとして持つ事はあっても、通常夫婦用の腕輪を親子や姉妹で身に付ける事は無い。

凛子様とは揃いで小物を合わせたことはあっても身に付ける装飾品はない。元々あまり身に付ける方ではないという事の他に想いが通じあった仲ではない事が一番の理由だが、今は無性に受け取ってほしいと思っている。


「さっきの腕輪、石は何を?」


「ヘマタイトを」


「そう、なら大丈夫ね。でも私の色、黒よ?」


「はいとても綺麗ですよね」


「黒、好き?」


「はい、とても綺麗です」


「そう……良かった」




二人用の贈り物に私の色を入れた事で安心した凛子様と腕輪を揃える事になった。夫婦用の腕輪は当然一つが男性用の物だから私がそれを身に付ける。少し大ぶりだが他の夫婦用の腕輪に比べ少し華奢なのはデザインだろう。重すぎず、程よい大きさ、これならば常に身につけていても何ら問題はない。

天にも登る気持ちとはこの事かと言うくらい心が歓喜に満ち溢れた。


加工から戻って来た店主に更に加工を頼むと、最初の二つはまさか足首に?と小声で聞かれた。そんな事には答えたりしないが、私の中でそれも良いなどと思ってしまうのは仕方の無いことだ。


凛子様は代金を支払いたがったがさせなかった。

今日は私が全て払うつもりで金庫番のルーイを置いて来たのだから。凛子様も持ち合わせてはいるが出す前に当然私が払ってしまうし、差し出されても受け取る気は無い。

待ち遠しくて時間がやけに長く感じたが、その間に次はどこに行くかと話しながらも、どこかソワソワと落ち着かなかった。


出来上がった腕輪はすぐに凛子様と自分の左腕へつけた。

袖で隠れてしまうが構わない。手を繋ぎお好きな露店巡りをし、小物や雑貨、服を見て回る。

一緒に食べたかったクレープ屋は午後に向かった。別々に注文はしたいが、こちらの味はどうですかと互いのものを食べさせ合った。

凛子様にとって私は女で同じものに口をつけても特に嫌悪感は抱かれないが、通常獣人は人の食べかけは食べない。相手が番や恋人、余程飢えてる時ならば別だろうが。凛子様と私の常識のそういは私にとって嬉しいものが多い。

男と見まごう格好をあえてしている私は傍から見たら男だろう。仕事や役目以外で男装する女もここでは変人の部類に入るが凛子様にとって気に止める必要のない事。束の間の恋人気分、これぐらいは許されるのではないか。


夢のような楽しい一時はあっという間に過ぎいよいよ帰らなくては行けない時間がやってきた。

酷く寂しいような気持ちになってしまい、隠していたが凛子様にはお見通しだった。

まるで仲のいい姉妹のように手を繋ぎながら帰り際に店に寄り菓子や軽食をこれでもかと買ってゆく。私はそれらに保存魔法をかけて預かってゆく。

土産にしては多い。食べきれないのではと聞けば、朝まで沢山時間はあると返ってきた。


「今日はパジャマパーティーしよ?」

「ですがカイル様に」

「私が言っとくから。ね? たまにはいいでしょ?」


良いのだろうか、カイルはきっと帰ったら凛子様を連れて行ってしまうのではないか?


「あ、でも二人のところに帰らないと心配」

「あの二人なら大丈夫です。楽しみですね」


ホントにいい?と聞く凛子様に笑顔で返し、手を握り次の店はどこがいいかと聞く。自然と揺れる尻尾を見た凛子様は嬉しそうに微笑み串焼きが欲しいと言った。

沢山の土産と軽食を持ち帰路に着く。

土産を渡し凛子様は部屋でお茶をとグレンとセオルを誘ったが二人は断り、その気遣いに感謝した。

こっそりと後をつけていたのは許してやろう。まあ、つけていたのは二人だけでは無くウィリアムとイクスもだ。最初から完全に二人とは思っていなかったから仕方ない。



独占できる時間は終わりだと思っていたが伝言を頼んだルーイがカイルからの返事を持ってきた。

「朝食は一緒に」と、一言だけ書かれた手紙。凛子様は大丈夫だったでしょ? と笑った。


楽しい時間は過ぎ、夫の居ない二人だけだの夕食。普段話さないような何でもないことを沢山話した。騎士仲間のこと、グレンやセオルとの些細なやり取り、子供たちがたまに手紙をくれる事、目に付いた花の事や天気の事、本当に何でもないことを沢山。

つまらない話もあったと思う、興味のない事も。それでも終始楽しそうに笑い、聞き、言葉を返してくれた。


二人で風呂にも入ったが、以前のように抑えきれない程の強い性的な興奮は無い。それでもキュッと体の中心が縮むような感覚は健在だ。

久しぶりに髪を洗ってくれた。触れられると体は痺れ、軽く発情にも似た状態になったが自分を律し落ち着かせた。


髪を乾かすとスルスルと編んでくれ、私もお返しに櫛を通す。サラサラの黒髪はとても美しくハリがある。香ってくる同じ香油の匂い、そして番の匂いに愛しさが込み上げた。


テーブルの上に買ってきた菓子や軽食を広げ何時もより夜更かしして話し込んだ。私は凛子様の話を聞きたいと強請り、凛子様は話してくれた。


夜も更け、いよいよ凛子様の目がトロンと揺れ出す。ベッドに場を移し隣に入り込む。





グッと高まる体温とゆったりとした鼓動が、凛子様の入眠を教えてくれる。


「私の母が、あなたなら良かった。……凛子様、私はあなたの子に生まれたかった」


そうならば私の子供時代はきっと幸せだったろう。

欠陥品の心は正常に動き、より多くの感動を得られたかもしれない。

でも、あの女が母親だったからこそ今の感情があるのも否めない。




「……アリエーラ」


「は、い」


起きていた? 確かに眠っていると思っていたのに。



「アリエーラはもう私の子よ」


体は熱いくらいに温かい。

スルスルと寄り私の体を抱くように腕を回す。私はそれに甘えその胸元に埋もれた。


「もし帰ってこいって言われたら、帰りたい?」


「いいえ」


「グレンさんのところでも、セオルくんのところでも、好きなところに帰っていいの。自由なのよ」


「では、ここへ帰ってきても?」


「勿論よ」


私と凛子様の言葉の意味は違う。分かっているけれども今だけは都合よく捉えていたい。


「約束です」


「ええ約束。大好きよアリエーラ」







凛子様はあっという間に眠りにつき、私は眠れずに夜を明かした。

薄い夜着越しの体温と、脳を痺れさせる甘い匂いを嗅ぎながら、番の元へ帰る妄想を繰り広げながら、身体の燻る熱を抑え、ただ甘い砂糖菓子のような妄想に酔いしれた。



それはルーイが起床し部屋の外に待機するまで続いた。



身支度をしに一度戻るため部屋を出れば既扉の脇に立っていた。




着替えを済ませて戻って来ると伝え部屋を出る。






グレン達に腕輪を渡すと二人は声も出せなくなるほどに驚き喜んでくれた。

私はここにも帰ることが出来る。



帰る場所がある。

グレンたちの元へも、凛子様の元へも。



約束しただろうと迫るつもりはない。

でもこの約束だけで一生を腐ることなく生きていける。


グレン達は戻れと強制はしないし想いを返せとも言わない。

自由を許してくれる。



二人にはあの方以上の気持ちを持つ事は出来ていないが、それとは別の何か形のない別の気持ちはある。

いつかその気持ちを理解し、伝えられる日が来るといい。








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