Rain

ゆか

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突然の訪問者に、いつものようにエリーさんの代わりに扉を半分ほど開くと、そこには忘れかけていた人の姿があった。


「やあレイニー、久しぶりだね」


輝くような笑顔を向けるレニアスは、以前持っていた印象と違う、なぜかひどく冷たく恐ろしいものに感じた。


「……っ、あ」


言葉に詰まる私に表情を歪めるレニアスは、扉の縁を掴み強引に開こうとし、咄嗟に扉を閉めようと力を込めた。


「おっと、酷いじゃないかレイニー」


そんな行動は簡単に遮られグッと扉が開かれると、レニアスは強引に腕を掴んだ。


「告げ口だなんて随分な事してくれたね。僕がどんなに大変か分かるか」

「……な、何を」

「論文だよ。今からでも遅くない、あれは盗作なんかじゃないって父に言ってくれないか」

「論、文? 」


彼の言う論文はあの時のものしか思いつかない。それがなんだと言うのか? 父、父に言う? 告げ口?

「そんな事、してない」

「まさか僕じゃなくてあの義兄さんに懐くとはね。ただのクソ真面目だと思っていたのに、とんだ尻軽か。ああ、そうか、そうだよな。僕を排除すれば、義兄さんの取り分が増えるものな」

ギリギリと込められる力に、腕は酷く痛む。向けられる言葉は悪いがむき出しで、恐怖を感じる程だ。


ラニーからは何かあったとは聞いていないが、この様子では、立場を危うくするような大きなトラブルがあるのだろう。

だけど何も関知していない。


「なぜ僕があんな辺鄙な場所に行かなければならない。お前がそうさせたのか。僕を罰しろと、お前が」

「っ! いっ」

掴んだ腕に更に力を込められ、ビリッと電気が走るように痛んだ。

与えられた暴力に頭は真っ白なななる。どうすればいいのか、腕を引こうにも押そうにもビクともせず、人の腕はこれだけ強く掴まれたら折れてしまうのではと、恐ろしく体が震え出した時だった。



ガンガンガンガン!! ガンガンガンガン!!


「誰かっ! 強盗よ! 助けてちょうだい!!」


「!!?」


エリーさんが窓の外に向けて大きな声で叫びながら鍋を打ち鳴らした。


「誰か!! 助けて!!」


ガンガンガンガン!! ガンガンガンガン!!


それに驚いたのは私だけではなく、私の腕を掴んでいレニアスもだった。

レニアスは手を離すと、口をパクパクとさせながら後ずさる。入り口の段差二段ほどを踏み外し転げ落ちると、足をもつれさせながら逃げようとした。


そこへ駆けつけたのはラニーに同行していた部下の男だった。彼はレニアスの姿を認めると、その身柄を拘束するために動く。レニアスはそれに抵抗し暴れる。

体格のいい彼はラニーの帰宅に合わせ同行し、明日以降仕上げた書類を持って戻る予定だった。そんな彼は護衛役、と言っても護衛では無い。

お互い揉み合いながら地面を転げる。とても長く感じるが、実際は大した時間でもないだろう。

そこに、ガラガラと激しい音を立てながら、走る馬車が速度を落としながら敷地に入って来た。

「レイ!」

飛び降りたラニーが勢い良く駆け、レニアスの姿を認めると加勢しあっという間に拘束してしまった。



「離せ! 僕は悪くない!!」

取り押さえられてもなお暴れるレニアスに、エリーさんから渡された縄で護衛役の男が腕を縛る。

縛られたことで観念したレニアスは大人しくなったが、静かに私を睨みつける。



「レイ、無事かっ」

玄関口でうずくまり、エリーさんに肩を抱かれる私の顔を、体を確認し、腕を見るとくしゃりと顔を歪めた。

「……これはアイツが?」

静かに頷き、改めてよく見るとパンパンに腫れている。痛みはまだないが、じくじくと、鈍く痛み、熱が脈動するような感覚を覚えていた。

「レイちゃん、レイちゃん、ああ、なんて酷い」

エリーさんは私の腕を見て今にも泣きそうな顔で濡らした布巾で腕を冷やしてくれた。





ラニーは縛られたレニアスを部下に任せ、私の腕の治療を優先してくれた。と言っても、この町に医者はいない。小さな怪我や風邪なら各家庭で対処するものなのだ。大きな怪我や病気に患ってしまった場合は隣の街まで行かないと医者は居ないのだ。

自宅にいたヘイリーさんが駆けつけ、ハンスさんと隣町まで行って医者を連れてくると言ってくれたが、私はそれを断った。触れた感じ、骨が折れているようでは無い。痛むが指も動く。せいぜいヒビが入ったくらいと思ったから。それよりもレニアスをどうするかの方が問題だと思った。

そしてギリギリと拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうなほどの形相で睨みつけるラニーを必死に宥めた。



その後駆けつけたヘイリーさんは仕事の合間ににたまたま農具が壊れ、修理のため納屋に戻る時、音が耳に届いたのだという。エリーさんの爆音が届いたのはハンスさん一家までで、これより遠いお宅は聞こえていないだろうという話になった。

話が近所中に広まることがなく、安心した反面、エリーさんが鍋を叩いていなければ、誰も気づかなかったのだと怖くなった。









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