上 下
11 / 45
・第11島へ

祖父の剣

しおりを挟む

 朝、セリムが目を覚ますと、昨日の白い髪の少女が覗き込んでいた。

「っ!」
「あ、起きた!おはよう」
「お、おはよう」
「セリ、これ」

 少女はセリムの前に剣を差し出した。
 昨日、蹴られて無くした祖父の剣である。
 少し土が付いてはいるが、剣自体は傷もなく戻ってきていた。
 セリムが剣の土をはらっていると、まだ横にいた少女が話しかけてきた。

「それ、セリの大事な物?」
「セリじゃなくて、セリム……」
「セリ……?」
 どうやら、この少女は『厶』が発音できないようである。

「セリでいいよ。君の名前は?」
「アダリヤ!」
 アダリヤは右手を挙げて返事をした。
 王国がルーツの名前ではない。
 髪や肌の色味からして王国民ではないけれど、ますますわからなくなった。

「それ、セリにとって大事?」
 再び、同じ質問をされた。

「大事だよ。祖父の形見なんだ」
「そふ?かたみ?」
 教育がなされていないのか、固い言い回しは分かりにくいようだ。セリムは、幼児に話しかけるように言葉を選んだ。

「ぼくのおじいさんがくれたものってこと」
「そう……うさぎがごめんね」
「いや、僕も剣を向けてごめん。怖かっただろう」
「大丈夫!」

 白い髪の少女、改め、アダリヤはニッコリと笑うと、手をひらひらと振った。その振った左手の指からは切り傷が見えた。

「その怪我……」
「それ、きれいだから触ってたら、指が切れたの」
 剣の刃を触ったら指が切れる、ということも知らなかったようだ。

「何してんの!」
「大丈夫!ちゃんとそれに付いた血は拭いたよ」
「そうじゃないでしょ!膿んだらどうするの!」
「つばつけといたら治るよ」
「えっ」

 セリムは目をみはった。アダリヤがぺろりと傷口をなめるとパッと光り、傷は跡形もなく消えてしまっていた。

「ほら、このとーり」
「……剣は切れるものだから、アダリヤは触っちゃだめだよ」
「はーい」

 アダリヤはなんてことないという顔をしている。
 ならば、ここは詳しく聞くべきではないとセリムは判断した。

 不思議なことに自分から首を突っ込んでも、面倒なことしかない。
 そうだ、見間違いだ、そうだ、そうに違いない。

 しばらく、セリムは剣の手入れをした。それをアダリヤは、隣に座って眺めていた。

 王立学園は男女別クラスだった。
 領地の別邸も、疎まれた長男と堅物の先代が暮らしていると、若手からは敬遠され、使用人は、先代をよく知る中年以上の者が多かった。
 何が言いたいかというと、つまり、セリムは自分と歳の近い女の子との接触が、今まで、ほとんどなかったのである。

 落ち着かない、非常に落ち着かない。
 しかも着ている服も貫頭衣のようなもので、肩からほっそりした腕が出ているし、丈は膝上丈。

 しかし、楽しそうに剣の手入れを見ているのに、自分が落ち着かないからと邪険にするのも忍びない。

 剣の手入れは、とっくに終わっているのだが、もはや、やめ時もわからなくなっていた。

「セリ、リヤお腹が減った」
「え」

 そんなセリムの内心を知ってか知らずか、アダリヤの方を見ると、いつの間にか頬を膨らまし、不満を口にしていた。

「うさぎ、三編みの奴とどこか行った。リヤのご飯用意せずに!」
 確かに、目が覚めてから、ノエルと、あのうさぎの姿が見えないでいる。
 ノエルに限って、うさぎにやられることはないと思うが、少し心配である。

 それに話を聞くと、アダリヤのご飯は、あのうさぎが用意しているらしい。
 つまり、あのうさぎは飼われているのではなく、逆にこの少女を育てているのだ。

――このものの知らなさは、うさぎに育てられているのが原因か。

 妙に納得したセリムであった。

 セリムは自分のカバンを探ると、黒っぽいパンを取り出してみせた。

「……固い黒パンだけど、食べる?」
「パン!?」
 目を輝かせたアダリヤにパンを手渡すと、匂いを嗅ぎ始めた。

「パンは初めて?」
「子供の頃に食べたことある。懐かしい!」
 子供のようなアダリヤが、そんなことを言うので、セリムはおかしくなって笑ってしまった。

「何がおかしい?」
 上目遣いに尋ねてくるアダリヤに、水の革袋を渡してやった。

「子供の頃って、今も子供だろう」
「もっともーっと小さかった頃のことなの!」

 顔を赤くしたアダリヤは、水に浸して柔らかくしたパンをもぐもぐと頬張った。

 ――かわいい。

 それを横目で見ながら、セリムは犬や猫を飼う人の気持ちがわかったような気がした。

「アダリヤは、小さな頃からこの島にいるの?」
 ふいに、気になっていたことを口にしていた。

 アダリヤがこの島の原住民だとして、この島に他の人間はいないとうさぎは言っていた。
 この子の親や、他の民はどうしたのであろう。

「ううん。5歳の頃にパパと来たの」
「パパと……?」

 アダリヤは原住民ではなく、どこかからやって来た……?
 それも、比較的最近のことのようだ。

「セリム!」
 セリムは、正直、またか、と思った。ちょうどいいところで名前を呼ばれた。
 出掛けていたノエルが帰ってきたらしい。

「うさぎちゃんが俺たちが寝泊まりできる洞穴を紹介してくれるって。お前、よく寝てたから、代わりに下調べしてきた」
「ボアの縄張りから外れた洞穴なら、ボアはこないわよ」
「そうか……助かるよ」

 安全な寝床が手に入ったことは喜ばしい。
 だが、もう少しでアダリヤの正体がわかりそうな気がしたのに、邪魔が入ってしまったことに、セリムは、ため息をついた。

「うさぎ、リヤの朝ごはん忘れたでしょ」
 パンを全部食べたアダリヤが、会話の輪に入ってきて、うさぎに不満をぶちまけた。

「忘れてないわよ。三編み、出しなさい」
「はーい、どうぞ」
 なぜか、うさぎに手懐けられているノエルが、後ろから鍋を取り出した。

「わあ、たくさんのピーちゃん!」
 鍋の中には、薄赤色の果物、モリンゴがたくさん入っていた。

「それはモリンゴだろう」
「モリンゴ?」
 ――ああ、これは、また知らないやつか。

「ちゃんと教えてやりなよ」
「うるさいわね、リヤがピーちゃんって言ったらピーちゃんなのよ」
「……」

 アダリヤにきちんと教えてやるよう、うさぎに言うも、このアダリヤ至上主義のような聖獣は聞き入れなかった。

「おい、ノエル。あれ、モリンゴだろう」
「まぁ、モリンゴだけど、いいんじゃない?かわいいし」
「い、いいのか……?」

 鑑定眼の持ち主が、間違っていてもいいんじゃないかと言ってしまっている。

 そういえば、ノエルはかわいい女の子や動物に弱かったことをセリムは思い出した。
 ノエルに限って、やられることはないと思っていたが、そんなことはなかった。
 恐ろしいくらい、手懐けられてしまっていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...