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・第11島へ
祖父の剣
しおりを挟む朝、セリムが目を覚ますと、昨日の白い髪の少女が覗き込んでいた。
「っ!」
「あ、起きた!おはよう」
「お、おはよう」
「セリ、これ」
少女はセリムの前に剣を差し出した。
昨日、蹴られて無くした祖父の剣である。
少し土が付いてはいるが、剣自体は傷もなく戻ってきていた。
セリムが剣の土をはらっていると、まだ横にいた少女が話しかけてきた。
「それ、セリの大事な物?」
「セリじゃなくて、セリム……」
「セリ……?」
どうやら、この少女は『厶』が発音できないようである。
「セリでいいよ。君の名前は?」
「アダリヤ!」
アダリヤは右手を挙げて返事をした。
王国がルーツの名前ではない。
髪や肌の色味からして王国民ではないけれど、ますますわからなくなった。
「それ、セリにとって大事?」
再び、同じ質問をされた。
「大事だよ。祖父の形見なんだ」
「そふ?かたみ?」
教育がなされていないのか、固い言い回しは分かりにくいようだ。セリムは、幼児に話しかけるように言葉を選んだ。
「ぼくのおじいさんがくれたものってこと」
「そう……うさぎがごめんね」
「いや、僕も剣を向けてごめん。怖かっただろう」
「大丈夫!」
白い髪の少女、改め、アダリヤはニッコリと笑うと、手をひらひらと振った。その振った左手の指からは切り傷が見えた。
「その怪我……」
「それ、きれいだから触ってたら、指が切れたの」
剣の刃を触ったら指が切れる、ということも知らなかったようだ。
「何してんの!」
「大丈夫!ちゃんとそれに付いた血は拭いたよ」
「そうじゃないでしょ!膿んだらどうするの!」
「つばつけといたら治るよ」
「えっ」
セリムは目をみはった。アダリヤがぺろりと傷口をなめるとパッと光り、傷は跡形もなく消えてしまっていた。
「ほら、このとーり」
「……剣は切れるものだから、アダリヤは触っちゃだめだよ」
「はーい」
アダリヤはなんてことないという顔をしている。
ならば、ここは詳しく聞くべきではないとセリムは判断した。
不思議なことに自分から首を突っ込んでも、面倒なことしかない。
そうだ、見間違いだ、そうだ、そうに違いない。
しばらく、セリムは剣の手入れをした。それをアダリヤは、隣に座って眺めていた。
王立学園は男女別クラスだった。
領地の別邸も、疎まれた長男と堅物の先代が暮らしていると、若手からは敬遠され、使用人は、先代をよく知る中年以上の者が多かった。
何が言いたいかというと、つまり、セリムは自分と歳の近い女の子との接触が、今まで、ほとんどなかったのである。
落ち着かない、非常に落ち着かない。
しかも着ている服も貫頭衣のようなもので、肩からほっそりした腕が出ているし、丈は膝上丈。
しかし、楽しそうに剣の手入れを見ているのに、自分が落ち着かないからと邪険にするのも忍びない。
剣の手入れは、とっくに終わっているのだが、もはや、やめ時もわからなくなっていた。
「セリ、リヤお腹が減った」
「え」
そんなセリムの内心を知ってか知らずか、アダリヤの方を見ると、いつの間にか頬を膨らまし、不満を口にしていた。
「うさぎ、三編みの奴とどこか行った。リヤのご飯用意せずに!」
確かに、目が覚めてから、ノエルと、あのうさぎの姿が見えないでいる。
ノエルに限って、うさぎにやられることはないと思うが、少し心配である。
それに話を聞くと、アダリヤのご飯は、あのうさぎが用意しているらしい。
つまり、あのうさぎは飼われているのではなく、逆にこの少女を育てているのだ。
――このものの知らなさは、うさぎに育てられているのが原因か。
妙に納得したセリムであった。
セリムは自分のカバンを探ると、黒っぽいパンを取り出してみせた。
「……固い黒パンだけど、食べる?」
「パン!?」
目を輝かせたアダリヤにパンを手渡すと、匂いを嗅ぎ始めた。
「パンは初めて?」
「子供の頃に食べたことある。懐かしい!」
子供のようなアダリヤが、そんなことを言うので、セリムはおかしくなって笑ってしまった。
「何がおかしい?」
上目遣いに尋ねてくるアダリヤに、水の革袋を渡してやった。
「子供の頃って、今も子供だろう」
「もっともーっと小さかった頃のことなの!」
顔を赤くしたアダリヤは、水に浸して柔らかくしたパンをもぐもぐと頬張った。
――かわいい。
それを横目で見ながら、セリムは犬や猫を飼う人の気持ちがわかったような気がした。
「アダリヤは、小さな頃からこの島にいるの?」
ふいに、気になっていたことを口にしていた。
アダリヤがこの島の原住民だとして、この島に他の人間はいないとうさぎは言っていた。
この子の親や、他の民はどうしたのであろう。
「ううん。5歳の頃にパパと来たの」
「パパと……?」
アダリヤは原住民ではなく、どこかからやって来た……?
それも、比較的最近のことのようだ。
「セリム!」
セリムは、正直、またか、と思った。ちょうどいいところで名前を呼ばれた。
出掛けていたノエルが帰ってきたらしい。
「うさぎちゃんが俺たちが寝泊まりできる洞穴を紹介してくれるって。お前、よく寝てたから、代わりに下調べしてきた」
「ボアの縄張りから外れた洞穴なら、ボアはこないわよ」
「そうか……助かるよ」
安全な寝床が手に入ったことは喜ばしい。
だが、もう少しでアダリヤの正体がわかりそうな気がしたのに、邪魔が入ってしまったことに、セリムは、ため息をついた。
「うさぎ、リヤの朝ごはん忘れたでしょ」
パンを全部食べたアダリヤが、会話の輪に入ってきて、うさぎに不満をぶちまけた。
「忘れてないわよ。三編み、出しなさい」
「はーい、どうぞ」
なぜか、うさぎに手懐けられているノエルが、後ろから鍋を取り出した。
「わあ、たくさんのピーちゃん!」
鍋の中には、薄赤色の果物、モリンゴがたくさん入っていた。
「それはモリンゴだろう」
「モリンゴ?」
――ああ、これは、また知らないやつか。
「ちゃんと教えてやりなよ」
「うるさいわね、リヤがピーちゃんって言ったらピーちゃんなのよ」
「……」
アダリヤにきちんと教えてやるよう、うさぎに言うも、このアダリヤ至上主義のような聖獣は聞き入れなかった。
「おい、ノエル。あれ、モリンゴだろう」
「まぁ、モリンゴだけど、いいんじゃない?かわいいし」
「い、いいのか……?」
鑑定眼の持ち主が、間違っていてもいいんじゃないかと言ってしまっている。
そういえば、ノエルはかわいい女の子や動物に弱かったことをセリムは思い出した。
ノエルに限って、やられることはないと思っていたが、そんなことはなかった。
恐ろしいくらい、手懐けられてしまっていたのだった。
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