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・第11島へ

白銀の少女

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 セリムは呼ばれた瞬間、右に置いていた剣を取り、目の前に現れた影に剣を突きつけた。

 突進してきたボアなら、突進のスピードでそのまま突き刺さると思ったのだが、突き刺さる衝撃がやってこない。

 その代わり、思いがけない声が聞こえた。

「あなたたち、誰?」

 月の光が彼女を左から照らした。白と見間違えるような銀の髪、褐色の肌に赤い目をした、ほっそりと小柄な少女。纏う服は簡易な生成りのワンピース。
 まるで、月からやってきた原始の神のようだと、剣を突きつけたまま、セリムは彼女に見惚れてしまっていた。

 そのためか、後方から走ってくる生き物に気づくのが遅れてしまった。

「ちょ、セリム、後ろ!」
 ノエルの声で振り向くと、大きな白い毛玉が飛び上がっていた。

「くぉら、あたしのかわいい娘に何すんのよぉ!」
 ぶつかってきた白い毛玉は、セリムの右手の甲をピンポイントで蹴り上げた。
 ぼんやりしていたセリムの手から剣は飛び上がっていった。

「ああっ!お祖父様の剣が!!」
 剣は遠くまで飛んでいき、崖のあたりで姿を消した。
 
「すげぇな、あの剣をキック一つで落としたよ」
「ノエルはなに感心してんだよ!」
 あの剣は祖父が大事に手入れしてきた、剣聖になる前から使っていた剣である。
 それを、王立学園入学時に譲ってもらった思い出の品である。
 飾りのついていない安価なものだが、祖父に習い、セリムもしっかり手入れをしているので、未だ現役であった。

「……取ってくる」
「やめろって。夜だし、あんな真っ暗な森に、しかも崖下に降りるなんて自殺行為だぞ」
 セリムが崖の方に歩き出そうとするのを、ノエルが羽交い締めにして止めた。

「でも……!」
「安心なさい。ここにはあんたたち以外に人間はいないわ」
「うわ、しゃべった」

 足元にはいつの間にこっちに来たのか、大きめのうさぎがちょこんと座ってしゃべりかけてきた。

 ノエルは蒼白になり後ずさった。
 言葉をしゃべる動物など、魔物の一部や聖獣を除きありえないことである。

「鉄を食べるようなファンタジーな存在もいないから、明日にでも探すといいわよ」
 自分が蹴ったことでこんなことになっているのに、何でもないことのように言い放ったうさぎに、セリムはふつふつと怒りを覚えた。

「お前、何てことをしてくれたんだ……」
 セリムはうさぎを睨みつけるも、うさぎはそれには動じず、言い返してきた。

「それはこちらのセリフよ。あたしの娘に剣を向けるなんて、どういう了見なの」
 確かに、いくら間違えたとはいえ、少女に剣を向けてしまったのは事実だ。
 申し訳無さと気まずさでセリムは少女から顔をそらして、うつむいた。

「ボアと間違えたんだ……ここ数日、ずっとボアを警戒してたから」
 セリムが絞りだした言い訳に対して、うさぎは鼻で笑った。
「そりゃあそうよ、ここらへんはキラーボアの縄張りだもの」
「キラーボア……?」
 今まで、しゃべるうさぎを怖がって後ろにいたノエルが、ずいっと出てきた。

「そう。あんたも見たんじゃないの?普通のやつより牙が長いやつ。あいつらは見境なく人を襲うように改造されたボアなのよ」
「ああ、ボアの変種だと思ってたけど、改造種だったのか」
 変種というのは、自然に変化したものだが、改造種というのは、人の手が加わっていることを指す。

 無人島であるこの島で、一体誰がそんなことをしたのか。

「まぁ、いいわ。あんたたち、名乗りなさいな」
 セリムの考えは、うさぎの一言で途切れた。

 魔物の一部は喋ることができるが、ここまで流暢ではないと聞く。
 そうなると、このうさぎは聖獣であると思われる。
 一応、従っておくのが良さそうだと判断した。
 
「俺はノエル・ブールブレ」
 ノエルが右手を上げて名前を告げた。
「セリム・コルマールだ」
 
「コルマール……」
 セリムが名乗ると、うさぎは顔をしかめた。

 
「あんた、アダリヤの口封じに来たの?」
「は……?」

――口封じ?
 
「いえ、何でもないわ。あんたたち何をしに来たわけ?」
「何って、この島を開……ぐえ」
 正直に開拓に来たと言おうとするノエルの横腹にセリムは肘鉄をくらわせ、口を封じた。

 もしかしたら、うさぎの傍らにいる少女は、この島の原住民かもしれない。
 以前読んだ歴史書に開拓民と原住民の争いを書いたものがあった。
 セリムとしては、不要な争いは現時点では避けたい。
 
「この島でのんびりしようと思ってきたんだ」
「うわ、こわ」
 ここは、友好的にやり過ごしたいと、セリムは笑顔を作った。
 自分としては柔和にしているつもりだが、ノエルはいつもこの笑顔を怖いという。
「のんびりするのに、あんたは剣を持ってくるの?」
 このうさぎも、セリムの笑顔に騙されてくれなかった。

「何があるかわからないからね。野生動物に襲われるかもしれないし」
 実際にキラーボアに襲われている。

「大きなうさぎに襲われるかもしれないしな」
 ノエルがからかうようにうさぎに言い返した。

「まぁ!なんて言い草!」
「うまいこという!」
 それまで黙ってうさぎの傍らに立っていた、白銀の髪の少女は笑った。

「リヤ!」
「うさぎこわーい」
「元はと言えば、あんたが気になるって勝手に見に行くからこんなことになったんでしょう!」
「だって、うさぎ、リヤが見たいって言ったらダメって言うから」
「当たり前でしょ!どこの馬の骨かわからないのに!」
「馬じゃないよ!人間だよ!」
「まぁーっ!この子は!ああ言えばこう言う!」

「……」
 うさぎと少女の掛け合いを少年ふたりは、微笑ましく見守った。

 視線に気づいたのか、うさぎが、ゴホンと咳をした。

「とにかく、今日はあんたたちがボアに食われて死体になったりでもしたら夢見が悪いし、ここで休みましょう」
 かわいい見た目のくせに、酷いことを言ううさぎである。

「うさぎがいれば、ボアとか危険な魔物はやってこないよ!」
「へえ、そうなのか。うさぎってすごいんだなぁ」
 ノエルは素直に感心していた。

「そうなの、うさぎ、すごいの」
 自分のうさぎを褒められたからか、少女はノエルにニコニコとして返事を返していた。

「さすがは聖獣様だね」
 腕を組んでノエルと少女を眺めていたセリムがうさぎに話しかけると、うさぎは怪訝な表情で見上げてきた。

「あら、あんた、あたしが聖獣ってわかるの?」
「喋る動物なんて魔物の上位種か、聖獣でしょ。そんなにスラスラ喋るなんて、聖獣だけだよ」

 うさぎは舌打ちをして、つぶやいた。
「さすが、コルマールの孫ね……」
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