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三 タケルの話
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「消滅……!?」
考えてみれば当たり前のシチュエーションなのに、春樹さんの口から聞いた事実は予想外すぎて混乱した。
「消滅って、殺すって事ですよね」
「そうだよ。勇者だからね。そうするように望まれてる」
「やめてください。殺すなんて……」
そう言うと、春樹さんは笑い出した。
俺の好きな笑顔なのに、心がひんやりと冷めたような気分になる。
「タケルは面白い事を言うね。魔に魅入られているのは本当らしい」
春樹さんが俺のポケットに手を入れようとしたので、慌てて阻止しようとした。
だけど間に合わなくて、さなぎのゼブが、春樹さんの手に捕らわれた。
「これは四天王の一人、虫の王だ。人に害をもたらすから、こいつも殺さなくてはいけないな」
「あっ……」
取り返そうと手を伸ばすと、逆に春樹さんに腕を掴まれる。
「そんなにこの虫が欲しいのか?魔王は殆どの魔力をなくしているはずなのに、どうやって君を魅了する魔法を使ったんだろうね。気になるな」
「魔法とかじゃありません。返してください」
勇者の春樹さんは想像よりずっと力が強くて、手を掴まれたまま椅子に押し倒される形になる。ゼブを取り返すどころじゃない。
そのまま至近距離で見つめられて、何故だか息をするのも忘れて春樹さんの瞳に見入ってしまう。
「僕を崇拝していない子を抱くのは新鮮だな。それも魔王に魅入られている子なんて初めてだ」
春樹さんは嬉しそうにそう言う。
そのまま俺の唇は春樹さんにふさがれた。
ずっと焦がれてきた人との初めてのキス。
天にものぼる気持ちになると思っていたのに、実際には違っていた。
胸が痛い。悲しみでいっぱいで、喜びが入る隙がどこにもない。
実際に唇が接していたのはほんの数秒だったと思うのに、その時間は俺の中の何かを失わせた。
「……興ざめだな」
春樹さんが身体を起こして、そこでようやく自分が泣いている事に気付いた。
これは何の涙なんだろう。
残酷な夢だ。夢なんだからこんなストーリーにしなくたっていいのに。
春樹さんは椅子から立ち上がると、握っていた手に青い炎を纏わせた。
あれは何だろう。魔法?
それで我に返った。あの手の中にはゼブがいたんじゃなかったか?
「やめて下さい!」
とっさに飛びついて春樹さんの手から今度こそゼブを奪い取る。
手にする時に痛みを感じたけど、手のひらの中のゼブにはそれほどダメージはなさそうに見えた。
「君は本当に困った子だ。好みだから傷つけたくない。大人しくそいつを渡してくれないかな」
優しい笑顔で言われても、従うわけにはいかない。
「駄目です」
「魔王に魅入られている子を放っておくのも問題だな。無理強いするのは気が乗らないけど、やっぱり抱いてしまおうか」
春樹さんの言葉から逃げるように部屋の奥に走り、そこにあった扉を開ける。
とにかく窓を見つけてゼブを逃がそう。
だけど逃げ込んだ部屋で見た衝撃的な光景に、俺の足は止まった。
「ポメ!!」
部屋の中央に白く光る円陣が存在している。
円にはいくつか杭が打たれていて、そこから伸びる鎖が円の中央にある台座に伸びていた。
台座の上にポメが、俺の可愛い子犬が鎖に繋がれて倒れていた。
鎖は首だけじゃない。前足と後ろ足に幾重にも嵌められている。あれではほんの僅かも動くことが出来ない。
「ポメ!!待ってろ。今外してやるから」
円陣を飛び越えて台座に近寄ると、ぐったりしていたポメは俺の存在を認識して顔を上げた。
「ポメ……なんだよこれ。動いちゃ駄目だ」
鎖には棘がついていた。首の周りと足首に血が滲んでる。
なんでこんな酷いことが出来るんだ。怒りとショックで目の前がぼやけそうになる。
近づいてそっと頭を撫でると、ポメは舌をだしてペロッと俺の手を舐めた。
考えてみれば当たり前のシチュエーションなのに、春樹さんの口から聞いた事実は予想外すぎて混乱した。
「消滅って、殺すって事ですよね」
「そうだよ。勇者だからね。そうするように望まれてる」
「やめてください。殺すなんて……」
そう言うと、春樹さんは笑い出した。
俺の好きな笑顔なのに、心がひんやりと冷めたような気分になる。
「タケルは面白い事を言うね。魔に魅入られているのは本当らしい」
春樹さんが俺のポケットに手を入れようとしたので、慌てて阻止しようとした。
だけど間に合わなくて、さなぎのゼブが、春樹さんの手に捕らわれた。
「これは四天王の一人、虫の王だ。人に害をもたらすから、こいつも殺さなくてはいけないな」
「あっ……」
取り返そうと手を伸ばすと、逆に春樹さんに腕を掴まれる。
「そんなにこの虫が欲しいのか?魔王は殆どの魔力をなくしているはずなのに、どうやって君を魅了する魔法を使ったんだろうね。気になるな」
「魔法とかじゃありません。返してください」
勇者の春樹さんは想像よりずっと力が強くて、手を掴まれたまま椅子に押し倒される形になる。ゼブを取り返すどころじゃない。
そのまま至近距離で見つめられて、何故だか息をするのも忘れて春樹さんの瞳に見入ってしまう。
「僕を崇拝していない子を抱くのは新鮮だな。それも魔王に魅入られている子なんて初めてだ」
春樹さんは嬉しそうにそう言う。
そのまま俺の唇は春樹さんにふさがれた。
ずっと焦がれてきた人との初めてのキス。
天にものぼる気持ちになると思っていたのに、実際には違っていた。
胸が痛い。悲しみでいっぱいで、喜びが入る隙がどこにもない。
実際に唇が接していたのはほんの数秒だったと思うのに、その時間は俺の中の何かを失わせた。
「……興ざめだな」
春樹さんが身体を起こして、そこでようやく自分が泣いている事に気付いた。
これは何の涙なんだろう。
残酷な夢だ。夢なんだからこんなストーリーにしなくたっていいのに。
春樹さんは椅子から立ち上がると、握っていた手に青い炎を纏わせた。
あれは何だろう。魔法?
それで我に返った。あの手の中にはゼブがいたんじゃなかったか?
「やめて下さい!」
とっさに飛びついて春樹さんの手から今度こそゼブを奪い取る。
手にする時に痛みを感じたけど、手のひらの中のゼブにはそれほどダメージはなさそうに見えた。
「君は本当に困った子だ。好みだから傷つけたくない。大人しくそいつを渡してくれないかな」
優しい笑顔で言われても、従うわけにはいかない。
「駄目です」
「魔王に魅入られている子を放っておくのも問題だな。無理強いするのは気が乗らないけど、やっぱり抱いてしまおうか」
春樹さんの言葉から逃げるように部屋の奥に走り、そこにあった扉を開ける。
とにかく窓を見つけてゼブを逃がそう。
だけど逃げ込んだ部屋で見た衝撃的な光景に、俺の足は止まった。
「ポメ!!」
部屋の中央に白く光る円陣が存在している。
円にはいくつか杭が打たれていて、そこから伸びる鎖が円の中央にある台座に伸びていた。
台座の上にポメが、俺の可愛い子犬が鎖に繋がれて倒れていた。
鎖は首だけじゃない。前足と後ろ足に幾重にも嵌められている。あれではほんの僅かも動くことが出来ない。
「ポメ!!待ってろ。今外してやるから」
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「ポメ……なんだよこれ。動いちゃ駄目だ」
鎖には棘がついていた。首の周りと足首に血が滲んでる。
なんでこんな酷いことが出来るんだ。怒りとショックで目の前がぼやけそうになる。
近づいてそっと頭を撫でると、ポメは舌をだしてペロッと俺の手を舐めた。
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