上 下
82 / 129
三人の王子

5 何これ。何なんだろう。

しおりを挟む
 ヒースに連れられて自分の部屋に戻って来た。付き人やめろって言われたらどうしよう。怖くてヒースの顔が見られない。黙ってめそめそしている俺をベッドに座らせると、ヒースもその隣に座った。

「何があった。この怪我、エリオットにやられたのか?」

 抱えていたぼろぼろの上着と封の破られた手紙を差し出す。

「ごめんなさい。手紙、出せなかった。エリオットに会って、せっかく買ってもらった服も破られて、手紙も読まれた」

 付き人になってから失敗ばかりだ。かじったお菓子を出すし、お風呂では倒れて運んでもらうし、買ってもらったばかりの服を破られ、手紙は出せなかった上にエリオットに読まれるし、朝も昼もご飯の準備も出来なかった。よくやったなって褒めてもらいたかったのに。俺だったらこんな役立たずいらないって思うかも。

「うっうっ、これから頑張るから、付き人やめろって言わないで」

 ヒースの指が俺の涙をぬぐう。怒ってないのかな。顔を上げると心配そうなヒースが至近距離で俺を見ていた。

「カル、頬に切り傷がある」
「そう? もう痛くない……よ」
「手にも包帯が」
「洗濯場のおばちゃん達が、薬くれて」

 ヒースの顔が近いところにありすぎて、緊張して胸がドキドキし始めた。じっと見られてるけど竜ってバレた? 泣いていたことも忘れてヒースの紺色の瞳を覗き込む。初めて見た時も夜明け前の空みたいで吸い込まれそうって思ったんだ。ヒースの瞳には、赤茶色の髪をした人間の姿の俺がうつってる。

「ヒース……?」

 ヒースは目を伏せて何か囁くような言葉を口にした。これは回復呪文だ。そして、それから俺の頭を引き寄せる。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。息を吐くのを忘れて固まる。ヒースが、俺の頬、それも口の端を掠めるような位置に唇を落とした。何これ。何なんだろう、これ。もしかして噂に聞くキスってやつか? でも唇じゃない。すごく唇に近いけど。
 変身を覚えたての頃、夜のお店でお姉さんにチュッとされたことがあったけど、あれと同じものだとはとても思えない。あの時のキスよりずっと甘くて熱くて胸が苦しい。

 身体が熱で沸騰しそうになって全身にぎゅっと力を込めた。このままだと変身が解けそうだ。卵の時からかけてもらっていた極上の回復魔法に包まれてるのに、心臓がいつもの倍以上の鼓動を打ってる。

 ぎりぎり変身をたもっていたらヒースが顔を離した。助かった。いや、もっとキスして欲しいけど、これ以上何かされたら人の姿を保っていられる自信がない。魔力を暴走させてベッドの一つくらい燃やしてしまうかもしれないし。

「ほら、傷はもう痛くないだろ」
「……」
「お前、俺と同じ十五歳で、お前の村ならもう一人前なんだろ? 子供みたいに泣くな」
「うん」

 急に泣いていたことが恥ずかしくなる。仕事に失敗して泣くなんて一人前の行動じゃない。頬にキスされただけで真っ赤になるのも一人前の行動じゃない気がするけど。でもよく見ると、ヒースの顔も心なしか赤かった。もしかしてヒースも俺と同じくらい照れてるのかな。

「エリオットに攻撃されてかすり傷ですんだのは幸運だったな。逃げたのか?」
「油断してた時に投げ飛ばした」
「投げ飛ばした?」
「俺、力強いんだ」
「そうか。よくやった」

 頭撫でられた。ヒースに褒められたぞ。すごく嬉しい。

「で、でもね、手紙読まれたよ。大丈夫?」
「問題ない。エリオットに読まれて困るような事は書いてないからな」

 ヒースは何かを少し考えているみたいだった。

「それにしても、手紙はいつも気に留めていなかったのに、今回はどうして読んだんだろうな。それとも昨日の仕返しにお前を狙ったのか」

 それは、俺が魔法を使ってると知られたからだけど、ヒースには言いづらいな。

「ケネスの知り合いかって聞かれた」

 ヒースはため息を吐いた。

「なるほど。エリオットがそんな事を」
「ケネスって誰なの?」
「ケネスは俺とエリオットの腹違いの兄で、この国の王太子だ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

処理中です...