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王族の付き人

12 涙

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 部屋の中は天然の氷の洞窟みたいに寒くなった。天井や窓に薄い氷がはられていく。ヒースの顔をチラリと見れば、怒りで周りが目に入っていないようだった。
 ヒースが攻撃をエリオットに向けようとして、エリオットも防御しようと片手をこっちに向ける。その瞬間を見逃さず、ヒースとエリオットの間に入った。
 魔力を息に乗せ、頭の中に呪文を思い浮かべる。風の魔法、それにおまじない程度の癒しの呪文を上乗せする。素早く強く息を吐き、冷え切った室内に魔力の風を行き渡らせる。それからそれに気づかれないよう、大きな、でもよく通る声を出した。

「エリオット王子!」
「な、何だよ」

 よし、効果あった。部屋の空気が一変し、ヒースの氷の魔法がかなり弱まった。エリオットもびっくりしたのか攻撃的な態度が消える。

「竜の悪口を言ったらダメです。俺の住む村では、竜の悪口を言うと罰が当たるという伝説が」
「ははっ、罰か。くだらねえ伝説だな。いかにも田舎の山奥の村にありそうだ」

 ここでエリオットだけに聞こえるように少し声のトーンを落とす。その間にヒースの手を握り、落ち着くように祈った。幸い、部屋を満たしていた氷の魔法は消え、ほんの少しの寒さが残るだけだ。

「俺も信じてないけど、一応罰の内容をお知らせします。竜の悪口を言うと、髪の毛が薄くなってハゲるとか。気をつけてくださいね」

 エリオットはぎょっとして髪を押さえた。完全な嘘伝説だけど、エリオットには効果あるだろ。俺が昔髪の毛燃やしたからな。

「ヒース、行こう」

 エリオットが髪を触っている間にヒースの手をとって部屋から連れ出した。手が氷のように冷たい。温めないと。

 廊下に出ると、みんな心配そうな顔で佇んでいた。誰も口を開かない。

「ヴィクター、部屋に戻るね」
「分かった」

 ヒースを連れて教室から部屋へと歩く。ヒースは顔色が悪く、手が冷たくて心配だ。

「カル」
「何?」
「悪かった……」
「いいよ」

 ヒースの声は小さくて震えていた。もしかして、竜のカルに言ったのかな。
 
 部屋に着くとヒースをベッドまで連れて行く。ベッドに座ったヒースにブランケットをかけて両手を握って温めた。

「ヒース、大丈夫? 何か温かいもの飲む?」
「いや、大丈夫だ。魔法を使うと、そして魔力を抑えようと思うといつもこうなる。少し時間がたてば戻るはずだ。カル、止めてくれてありがとう。怒りのあまり、取り返しのつかないことをする所だった」
「いいよ。あれはエリオットが悪い」
「エリオットが、風の魔法を使わなければ氷漬けにしていたかもしれない」

 風の魔法はエリオットじゃなくて俺だけど。

「エリオットは俺を怒らせて攻撃させ、学園から追放するつもりだ。俺には有力な後ろ盾がない。運が悪ければ一生城に幽閉されるか、僻地にとばされて消されるだろう」
「ヒース」
「わかっていたから挑発に乗らないようにしていたのに、カルのことを言われて頭に血が上った」
「うん」
「エリオットが言っていたカルっていうのは、昔飼っていた竜の名前なんだ。お前と同じ名前で、俺が卵から孵した。竜とは思えないくらい小さくて怖がりで」

 やっぱりヒースの中での俺の評価が低すぎる。

「でも俺に懐いていて、どこにでもついて来た。可愛くて……。すごく可愛がっていたのに、殺された。毒矢が全身に刺さって、苦しんで、俺の解毒魔法は全然効かなくて……石のように冷たくなったんだ」

 ヒースは肩を震わせて目を押さえた。まさか、俺のことでヒースがそんなにショックを受けているなんて思わなかった。

 俺は泣いているヒースの肩に手を回して抱きしめた。俺は生きてるよって言いたい。ジークさん、他の竜たち、俺が話すのを許してくれないかな。ヒースの痛みが少しでもやわらぐように。生きて、こうしてそばにいるよって伝えられたら。

「竜のカルの事を考えると、いまだにどうしても辛くて、うまく話せないんだ」

「ヒース、俺ね、実は……」

 話そうとしたらヒースが顔を上げた。もう涙は見えない。俺を見て弱々しく微笑む。

「でも、お前をみていると辛い気持ちが少し楽になる。初めて会った時からなぜか懐かしくて、カルを見ているような気分になった。名前も同じだ。竜と同じだと言われても嫌かもしれないが」
「嫌じゃないよ」
「そうか。ありがとう。俺は王子としては頼りないけど、お前は殺させない。必ず守るから」

 ううっ、今度は俺が泣きそうなんだけど。

 
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