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カム

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土曜日、午後6時

18 そうきますか

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「王宮では、許可のない魔法は使用禁止のはずですよ。もちろんご存じですよね?」

 魔法使いアルマは(如月が名前を呼んでやっと思い出した)如月の言葉には答えず、今度こそ魔法の呪文を唱え始めた。翻訳機を通しても、まったく意味がわからない。

「……そうきますか」

 上品な如月が舌打ちする。そして如月も似たような呪文を唱え始める。

「如月っ!頑張れ!」

 応援したのに何故か睨まれ、後方に下がった如月が、呪文を唱えながら首を振ったり手足を動かして、俺に何か訴えている。
 芝居とかミュージカルとか見たことがほとんどないから、意味が伝わらない。

 急に部屋の中の空気が一変した。
 息が詰まる。空気が熱い。
 魔法使いアルマの前に灼熱の渦を巻いた何かの塊が現れた。数秒遅れて如月と俺の前に、ぼやけた白い光の壁みたいな物が現れる。巨大なレンズのようなその魔法は、多分如月が作り出した魔法だ。

「岬さん!こっちです!」

 如月に腕を掴まれたと思った瞬間、すごい音がした。目の前が爆風で何も見えなくなり、体が弾き飛ばされる。

「うぐぅ……」

 壁にぶつかって呻く。どこか折れたかも。もしくは火傷。

「起きてください!逃げますよ」

 如月が無茶を言う。
 でも、引っ張られて起き上がった体は、鉛の様に重い事を除けば無傷だった。

 煙が晴れて、アルマが倒れているのが見えた。悪い奴とはいえ、ゾッとする光景だ。

「た、倒したのか?」

「いえ、あんなものでは無理でしょう。回復される前に逃げますよ」

 如月が有無を言わさず俺を引っ張って、飛行兵士達が出ていった後ろのドアに向かう。

「如月、石化した兵士がいるんだ!」

 ちらっと見ただけだが、魔法の爆発にも無傷だったと思う。

「今はここから離れる事が先決です」

 如月に引きずられてドアを出ると、ひやりとした夜風が頬を撫でた。
 ドアの外には魔法の灯りに照らされた庭園が広がっていた。下から見た時に、あちこち突き出ていた庭園のうちの一つだと思う。

 如月は扉を閉めると、扉に異世界文字で何かを描いていく。

「何やってるんだ?」

「ちょっとしたトラップです。突破はされるでしょうが、時間稼ぎにはなります」

 如月のトラップ作成を見守っていると、視界の端に青い光が見えた。ちょうど窓の外の辺りだ。まさかと思って近寄ると、俺が投げた国宝の指輪が、庭の木に引っ掛かっていた。

 良かった……!
 脅されてやむを得なかったとはいえ、指輪をなくしたらルーシェンに会わせる顔が無くなる所だった。ばあちゃんの形見で国宝だし。

 そそくさと指輪を拾って指にはめていると、トラップを作り終えた如月に気づかれた。

「岬さん、急ぎますよ!何を拾ってるんですか?」

「あ、ルーシェンの指輪。狙われてたから投げ捨てたら、運良く木にひっかかって……」

 如月の顔色がみるみる変わる。
 青くなったり赤くなったり、口をパクパクさせたり、忙しい男だ。

「悪かったよ。でも、魔法使いに取られそうだったから……」

「一発殴りたいところですが、王子に殺されかねませんので我慢します」

「ちょっと殴るくらいならいいぞ。如月のおかげで助かった」

 如月はため息をついた。

「まだ助かっていません。走れますか?」

 俺と如月は、庭園の奥にある石の階段をかけ上がった。
 夜だけど、魔法の灯りが足もとを照らしてくれる。木々の陰からちらりと見える夜景はすごく綺麗で、じっくり見る時間がないのが残念だ。
 階段をかけ上がると、息がきれて足がガクガクした。関節が痛い。恐怖で忘れていたけど風邪気味だった。
 先にかけ上がった如月も、俺と似たような感じで息をきらしている。こいつは魔法使いだから体力なさそうだな。

「さすがの私でも、強い魔法を連発すればキツいんです」

 俺の思っている事が分かったのか、如月がこっちを見て言う。

「少し休んでから……」

 言いかけた俺の背後で、すごい音がした。
 階段下の庭園に続く扉が吹っ飛んでいた。髪を振り乱し、恐ろしい顔をしたアルマがゆっくりと庭園に姿を現す。怖い。夢に見そうだ。

「如月、トラップ全然役にたってねーぞ……」

「もう少し時間稼ぎになると思ったのですが、現実は厳しいですね」

 アルマは歩きながら、何かの呪文を唱え始めた。
 
「どうする!?如月、走って逃げるか?」

 アルマの足元から、暗くてよく見えないけど、何か黒い物が次々と現れている。何だろう、あれ……どこかで見たような。真っ黒で人型で、でも足がない。

「でたあああ!!」

 まっくろオバケだ!人生で二度も遭遇してしまった!

 パニックの俺とは違い、やけに冷静な如月の声が響く。

「岬さん、ここは私に任せて先に行ってください。おそらく20階より下は安全です。しばらく隠れてから、12時前にこのフロアに戻ってきてください。部下に頼んでありますから、岬さんを元の世界に帰してくれるはずです」

「な、何いってんだよ」

 私に任せてくれって、一人で大丈夫なのか?

「これは私たちの世界の事です。あなたには関係ありません。日本に戻るんでしょう?この機会を逃したら八年、いや、一生帰れないかもしれませんよ」

「如月!」

「さあ早く、行ってください」

 真っ黒オバケが如月に飛びかかってきた。如月の白い魔法が真っ黒オバケを攻撃する。
駄目だ、数が多い。倒しても倒しても、すぐに発生する。

「岬さん!何やってるんです!?」

「でも……!」

 如月を見捨てていく事なんて出来ねーよ!
 何の役にも立たない俺だけど。何か武器になりそうな物を探す。

 木の枝を折ろうとした俺の喉に、ひんやりとした感触。おそるおそる振り向くと、空洞の様な目をしたオバケと目があった。

 ギャア!!

 いつの間にか囲まれてる!気持ち悪い、怖い!

「岬さん!」

 真っ黒オバケの塊(もはや何人いるか数えたくない)に引っぱられて、ふわりと体が浮く。
 前もあった!このパターン!でも今回は20階だ。高さが半端ない。

「助け、……如月~!!」

 真っ黒オバケ達は、ある程度上昇するとパッと手を放した。
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