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引っ越し

8 酷な事だと分かっているんだが

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 体調不良より好奇心の方が勝ったので、フィオネさんが召使いや護衛を召集している間、ルーシェンの住んでいる区域を探検して回った。
 興味津々で歩き回る俺の後を、ルーシェンがのんびりついてくる。

 ルーシェンの住む建物は少し変わっていた。
 俺がイメージする建物には必要不可欠な壁や天井が一部分しか無かったりする。廊下と呼べそうなものもなく、屋外と室内の区別もよく分からない。階段や床はあるけど、壁が無いから外から丸見えだ。王様の住む建物が黄金色で、王妃様の住む建物が宝石でキラキラしているのに比べ、ルーシェンの住む建物は全てが白っぽい材質で出来ていた。

「シュウヘイの部屋はどこにする?」
『高い所がいいです』

 そう言うと、ルーシェンは呆れた表情で俺を見た。魔力がないのに命知らずだって言いたいんだろうな。でも、せっかくだから見晴らしがいい方がいい。

 ルーシェンにくっついて建物のらせん階段を上る。壁は無くても、建物が上手く配置されているおかげで、王様や王妃様の居住区域からは見えないみたいだ。
下の方の広い庭のようなスペースに、飛竜が何頭か座ってくつろいでいるのが見えた。白い竜もいる。ルーシェンの乗っているエストだ。家族なのかな?仲間はみんな茶色いけど。

 もっと下には、王宮の下層部分と、俺が15階から見ていた空中回廊と飛竜の石像が小さく見えた。周辺を兵士達が飛行する姿も。
 にぎやかな王都の街並みも一望できるし、ここからだと、王都の周りを囲む緑水湖や緑水湖大橋も小さく見えた。

 建物に壁があまり無い理由がようやく分かった。

『綺麗ですね……』

 階段を上がった先のフロアから景色を眺めていると、ルーシェンが隣に立った。転落防止の柵がないので、ふらつかないように手を握ると、微笑み返してくれた。

「……子供の頃、この景色が大好きだった」

 ルーシェンが景色を眺めながら口を開く。

「ある日、母親に言われた。ここから見える景色の全てが、いずれお前の物になると。子供の頃はそれが単純に嬉しく、王族に生まれた事が誇らしかった。だが……成長するにつれて、その言葉の持つ意味に気づいた。臣下や国民から受ける様々な感情に、次第に押しつぶされそうになった」

『ルーシェンは、立派な王様になれると思います』

「シュウヘイは魔法村でもそう言ってくれたな。夜中に飲んでいる時に。その後怒って『見損ないました』と言われたが」

『よ、よく覚えてますね』

 あれだろ。
 脱出する為に自分を殺せっていうからムカついてケンカになったんだった。

「忘れられない。誰かと本気で喧嘩をしたのは初めてだった。謝らなかったのもシュウヘイが初めてだ」
『謝りましたよ。城の中で』
「そうか?」

 都合の悪いことは忘れてるな。
 実はベッドとか風呂でも謝ったぞ。全然聞いてくれなかったけど。

「シュウヘイ」
『はい?』

「シュウヘイは賢いから分かっているかもしれないが、王子や王族というのはけして楽な立場ではない。贅沢な暮らしが出来るし、命令すれば部下は動く。だが、そんなものはまやかしだ。笑顔の裏で敵意を向けられ、命を狙われる事も少なくない。正直、国を治める見返りがこれでは割に合わないと思っている」

 そこまで言うか?

「だが、やはり俺は望まれれば王位を継ぐと思う。だから、シュウヘイにこんな事を言うのはとても酷な事だと分かっているんだが」

『何ですか?』

 ルーシェンは俺の方に向き直ると、その場に膝をついた。王子が誰かに膝をついたのを見たのは初めてで、ちょっとびっくりする。

『ルーシェン?』

「シュウヘイ、一年前に別れた時からずっと俺の気持ちは変わっていない。お前と同じ空気を吸い、同じ世界で共に生きていきたい。同じ景色を見て、苦しみや喜びを二人で分かち合いたい。俺にはシュウヘイが必要だ。ずっと……王子である今も、国王になってからも、たとえ追放されて身分を失ったとしても……そばにいて欲しい」

『ルーシェン……』

「俺と結婚してくれないか?」


 翻訳機が無くて聞けなかった言葉を、一年以上たってようやく俺は耳にした。
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