十六夜の月の輝く頃に

鳩子

文字の大きさ
上 下
5 / 8

5.立待(たちまち)の月

しおりを挟む

 源影みなもとのかげいからの文を開いた中将は、「まあ」と声を上げていた。

(まるで、私が、あの子を待っている様な、書きぶりね)

 文遣いを、買ってでたらしい兵衛は、興味深そうに、中将を見ている。

「あなたや、あなたの、お友だちは。わたくしよりも随分とお若いわ。年増のかわいそうな女と思って、からかっていらしたのね。
 そんなことをなさらないと思っておりましたから、わたくしは、かなしく存じますわ」

 直接返事をすると、舎人は、慌てた様子で、

「からかってなど! あなたのように美しい方に、なぜ、そんなことをしなければならないのです。
 影は、あなたに、なにを書いたのですか?」

 中将は、影からの文を見せた。

「あの方は、御存じだったのね。わたくしが、宿直の晩の折りには、きざはしに出て、あの方が通り掛かるのを夜通しまっていたのを。
 それを、そんな風に、からかわれるだなんて」

 中将は、袖で顔を覆った。

 すると、舎人は、

「これは、あいつの願望ですよ。あいつが、もし、夜通し待っていたら、もしかしたら、あなたが来て下さるかどうか。いえ、来てほしいと、そういう願い事を込めているんです」と、中将が思った通りの言い訳をする。

「苦しい嘘を仰有らないで。殿御は、待たない生き物ですわ」

 きっぱりと言う中将に、とりつくしまもなく、兵衛は、ぼうぜんとしている。

 中将は、「ごきげんよう」と立ち上がって、そのまま、主の待つ部屋へと下がっていった。




 気のある素振りをする。

 不機嫌に突き放す。

 言い訳にほだされない。

 本人に、視線を送る。


 目配せ。

 それひとつで、あとは、なんとでもなるだろう……と中将は踏んでいた。

 相手が、あまりにも物慣れていないのが気にかかるが、それはそれ。

 ここまで来たら、恐らく、今夜あたり、源影は、中将を訪ねてくるだろう。

 そうすれば、あとは、約束の宸筆を頂くだけだ。

 もしかしたら、源影は、自分が賭けの対象にされたことに傷付くかも知れないが、それも、いい経験になるはずだし、相手として、自分は悪くはないはずだと、中将には自負がある。

 宮中でも有名な、恋多き女である中将との浮き名なら、男としては、武勲の一つにもなろう。

 恋は多いが、容易く靡かないことでも、中将は有名だったからだ。

 だからこそ、中将は、(源影は、きっと来るわ)と思っていた。

 そして、その夜、中将の読みはあたった。

青女せいじょさま」

 今日、宿直ではなかった中将は、同僚たちと部屋で休んでいた。そこへ、源影の、弱々しい声が聞こえて来たのだった。

「青女とは、どなたのことかしら」

 中将は、御簾も揚げずに応えると、源影からの困ったように言った。

「中将さまと仰有る女房殿が、こちらにお出でのはず……。是非、一目、お目に懸かりたく、ほんの少しの間で構いませんから」

 すがりつくような声音で言われて、中将は、少し、得意になった。

 もう、源影は、中将に夢中ではないか。ほかの女房たちが、中将がどう対応するのか、興味深そうに、見ている出前、余裕のある……恋の駆け引きの熟練者としての、振る舞いをしなくては。

「いきなり連れだそうだなんて、不躾なことを仰せになりますのね。こんな夜中に、応じるような浮かれと、あなどっておられますのね。思いもよらないことでしたわ」

 そういって、中将はふすま(布団)を引き寄せて頭から被ってしまった。

「中将さん、よろしいの? あの方、まだ、外でお待ちのようよ?」

「じきに、お帰りになるわ」

 怒ったように言って、それきり、中将は眠ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

マーガレットを、私に

五味千里
恋愛
「これほど惨めな想いはありません」 一人の女性が独白する可憐な恋とその破滅。 彼女は何を夢見て、何が彼女の希望を挫いたのか———

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...