神鳥を殺したのは誰か?

鳩子

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第六章 天譴

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 遊嗄ゆうさの留守中に、皇帝が東宮の寝所である華臥かが殿まで来たという話は、遊嗄が戻ってから、すぐに打ち明けた。

 髪を撫でられ、口づけをされたことも仕方がないので告げると、遊嗄が忌々しそうに舌打ちしてから、宦官を呼んで、東宮の守護を厳重にすることを言いつける。

「猫の子一匹、通してはならない!」

 という厳命だ。違えれば、厳罰を下すという。おかげで、東宮は、肌をピリピリと刺すように張り詰めていた。灑洛れいらくは、それでも安心は出来なかった。

(相手は、皇帝陛下ですもの……)

 このゆう帝国において、逆らうことが出来る者など居ない。用心しなければ、と灑洛は気を引き締めた。

「灑洛、少し疲れたね……お茶にしようか」

 はい、と受けて灑洛は鳴鈴めいりんに目配せする。鳴鈴は、すぐに、灑洛の好む茶を用意した。灑洛が最近気に入っているのは、白菊茶だ。頭痛や身体が火照っている時に飲むことが多い茶だった。

「灑洛……頭痛がするからと言って白菊茶ばかり飲むのも良くないね。鳴鈴。玖瑰めいくい(薔薇)を乾かしたものがあったら、二三粒もってきておくれ。同じ白菊茶ばかりでも、気ふさぎになるよ」

 玖瑰は、華やかな香りがする。色も艶やかな青みを帯びた赤で、それが茶器の中に、ふわっと広がれば心が躍る。

「いつか、温泉に行こうと言って居たね」

「はい」

「……私は、僕射ぼくや祁貴嬪ははうえを誘おうと思うのだけれど……、あなたは、ねい宰相を誘うと良いだろう」

 やんわりとした笑顔で言う遊嗄だったが、灑洛はピンと来た。

 その面々は、間違いない。今から、皇帝を打つ為に遊嗄が集める者たちだ。祁家は、皇太子に付く――とみているようだが、灑洛は確実とは言えないような気がしていた。濘家も、皇太子に付くかと言われると、答えに迷う。

「遊嗄さま……」

「簒奪とまで行かずとも、穏便に譲って下されば、それでいい。私も、実の父親を手に掛けるのは、躊躇われる」

 色とりどりの菓子が卓子テーブルに並んだ。

 菊の形を模した、『菊花酥きっかす』に胡麻をまぶして木の実の案を入れた『芝麻酥します』などが並んだ。酥はパイなので、さくっとした生地は層になっていて、手で割ればパラパラと崩れていくが、口当たりの軽いのが、心地よいし、餡にも良くあう。

「そういえば、神鳥が殺された件について、私が担当して調べることになったよ」

「そう、ですか」

 灑洛は目を伏せる。

「すまないね。神鳥まで、殺されるなど……。あなたには、辛い思いばかりさせる」

「いいえ。それよりも……遊嗄さま。犯人の、見当はついておりますの?」

「それがさっぱりわからない」と遊嗄は、大仰に溜息を吐いた。

「まず、私はあの男が、神鳥を殺したのだと思った。―――あなたとの、一件を、見ていたあの男が、神鳥を口封じしたのだと思ったのだ。けれど、まず、あの男ではないだろう。なぜなら、あの男はもあなたとの一件を、一切隠そうとはしない。
 むしろ、露見すれば、それを手玉にとって、あなたに入宮を迫るだろう」

 ぞっとして、灑洛は腕を抱いた。盛夏。八月。未だに汗ばむほどの陽気であるのに、寒気がして鳥肌が立った。

「だから、父上は犯人ではない……となると。私には、お手上げだ。今から、調べなくてはならない」

「そう、でしたの……」

「神鳥の死については、一切他言無用……だが、弔いはしてやろう。墓を作って……、神鳥の為に、東宮に廟を立ててやろうと思うのだ」

「廟を……?」

 廟という言葉に、灑洛は幽かに身体が強張ってしまった。桃香娘娘とうかにゃんにゃんを祀るあの廟堂―――どうしても、まだ、思い出して、身体が震える。

(―――灑洛)

 耳許で熱く囁く美しい声音が呪いのように耳にこびり付いて離れない。

「ええ……、晧珂こうかのことは、祀ってあげましょう。この国の行く末を……見守って頂かなければ」

 灑洛が、自らに言い聞かせるように言うのを聞いた遊嗄は、小さく呟く。

「『この娘は、国母こくもになる運命さだめを持っている』」

「えっ?」

 それは、神鳥の予言だ。灑洛が、国母になるという予言だった。

 あの時は、遊嗄の子供を産むと信じて疑わなかったが、皇帝に奪われれば―――皇帝の子供を産む可能性もある。誰の子供を産むことになるか、灑洛には解らない。

 灑洛の顔が青ざめるのを、遊嗄は、気付いていないようだった。

(一刻も早く……、遊嗄さまの子を身ごもらなければ……)

 身ごもりやすくする為の薬―――というのが、皇宮には伝わっているという。恥を忍んで、祁貴嬪のところか、親戚のよしみで、ねい夫人のところを尋ねてみよう、と灑洛は思った。

 ふと、灑洛は皇帝の言葉を思い出す。

『祁貴嬪に聞いて御覧?』

 毒のような言葉だ。

『皇帝は、祁貴嬪を抱いたときに、誰の名前を呼んでいたか』

 皇帝の言葉に依れば、祁貴嬪を抱いたとき、彼女の名―――紅淑こうしゅくではなく、『灑洛れいらく』と口走ったらしい。それが、七月七日の夜ならば、その後、祁貴嬪が、灑洛をけだものを見るように侮蔑していたのもよく解る。

 それを聞くつもりはなかったが……、遊嗄に味方して、皇帝の弑逆に手を貸すつもりなのか、それは聞いておかなければならない。

(薬の件もあるし、尋ねてみましょう……)

 祁貴嬪の殿舎である藍玉らんぎょく殿を尋ねても、どうせ逢ってくれることはないだろうから、また、待ち伏せするつもりだった。

 夢見がちな遊嗄の横顔を見つめながら、灑洛は、(強くならなくては)と、必死に言い聞かせていた。

 そうでなけれぱ、この愛おしい横顔を……、灑洛は失ってしまう。


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