神鳥を殺したのは誰か?

鳩子

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第五章 廟堂の宵

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 見慣れない部屋で目が覚めた灑洛れいらくは、そこが、瓊玖ぎきゅう殿の、皇帝の寝室であることを知って、慄然とした。

 男にきつく抱きしめられているのが解る。しかも、灑洛も、その男も、共に裸だ。

(あ、でも……この感じは、遊嗄ゆうささまのような気がするし……)

 一体どなただろうと思いながら、おそるおそる、男の顔を見ると、やはり遊嗄だった。

「遊嗄さま」

 声を掛けようとして、肩口がズキ! と熱を持ったように脈打ちながら鈍く痛むのを感じて、灑洛は眉を顰めた。

 その痛みで、気がついた。

 七月七日の宴で、針に糸を通そうとして―――灑洛は犬に襲われたのだった。そして、そのまま水の中へと落ちて……そこで意識は途切れている。

(では、遊嗄さまが、わたくしを助けて下さったのね)

 犬を撃退し、灑洛を抱え上げて、皇帝の寝室を空けさせ、一晩、素肌で暖めてくれたのだろう。そういえば、おぼろげな記憶で、口移しに、苦い薬湯を飲ませてくれたのも覚えている。

(遊嗄さま……)

 有り難うございます。わたくし、ちゃんと、助かりましたわ。

 そう、言おうとしたときに、くすくすという笑い声が聞こえてきた。遊嗄の声だった。灑洛は、遊嗄の顔を覗き込む。目は閉じているが、狸寝入りだった。

「いつから、そうして、見ていらっしゃいましたの?」

「ずっとだよ。あなたがあんまりにも可愛いものだから、つい、見ていたくなる」

 遊嗄が灑洛を引き寄せて腕に閉じ込める。首筋に口づけてから、「心配した」と小さく呟かれた言葉を聞いて、灑洛は、目頭が熱くなった。

「ごめんなさい。心配をお掛けして……」

「いや、悪いのは、あなたじゃない……貴方に、犬をけしかけたものだ。私は、何があってもその者を許さないからね。地獄の果てへ行ってでも、引きずり出して、酷い目に遭わせてやる」

 地獄の底から響いてくるような、低い遊嗄の声に、灑洛は「おやめ下さいませ」と小さく訴える。

「わたくしは、平気でしたもの……遊嗄さまに、心配はお掛けして申し訳ありませんけれど、遊嗄さまが助けて下さったのでしょう? 犬を追い払って……水の中に飛び込んできて下さって。わたくし、本当に、嬉しいのです」

 うっとりと眼を閉じて、灑洛は遊嗄の胸に頬をすり寄せる。遊嗄は、どことなくぎこちない返事をした。

「あ、ああ……確かに私が、あなたを助けたんだ。水の中へ飛び込んで、私の衣装で冷え切ったあなたの身を包み込んで、薬を飲ませて……こうして、あなたを素肌で暖めたのです」

 遊嗄は、自らに言い聞かせるように言った。

「本当に、わたくし、ご迷惑をお掛けいたしましたのね」

「いいや、そんなことはない……。そんなことはないんだ。灑洛……」

 遊嗄が、灑洛に口づける。深く口づけて、灑洛を蹂躙し尽くすかのように、執拗に遊嗄は、口づけた。口づけには慣れたはずだが、いつものやり方とはあまりにも違うので、灑洛は不安になる。

「ん……っ、ゆ……くるし」

 灑洛の口から苦しいという言葉が漏れ聞こえてこなければ、遊嗄は、口づけを続けただろう。
 
「すまないね……つい」

「息も出来なくなるほどなさるなんて、酷いです……本当に、今朝の遊嗄さまは、すこし、変……」

 灑洛は心配になって、遊嗄の顔を覗き込む。その視線から逃れるように、ふい、と遊嗄が顔を背けた。

「遊嗄さま?」

 灑洛が問い掛けても、遊嗄は反応しなかった。やがて、「そろそろ、朝ですし、起きましょう。遊嗄さま」と灑洛が牀褥しょうじょく(ベッド)を出ようと身を起こそうとしたのを、腕を引っ張って止めた。

「遊嗄さま?」

「―――傷が痛いだろうが、堪えてくれ。済まない」

 何のことだろうと思った灑洛だったが、遊嗄に口づけられて、疑問は霧散した。遊嗄の求めに応じていると、身体の芯に火を付けられたように熱く火照ってくる。

「ん……、遊嗄さま……」

 急に不安になって遊嗄の名を呼ぶ。遊嗄は応えずに、灑洛の首筋に口づけながら、身体十を性急にまさぐっている。

「遊嗄さま……っ?」

 甘い声を堪えられなくなったころ、灑洛は、ここが、皇帝の牀褥しょうじょくであることに気がついた。

「ゆ、遊嗄さま……ここは、皇帝陛下の牀褥しょうじょくですわ……その、これ以上は……」

 恥ずかしくて、耳まで真っ赤にしながら灑洛が訴えるが、遊嗄は聞き入れなかった。手で掴んで余るほど豊かで白い胸に口唇を這わせた遊嗄は、そこに執拗に口づけを落とした。真紅の花弁が散らされる。

 皇帝の牀褥しょうじょくで、ことに及んだことを知られたら……灑洛は恥ずかしさのあまりに、顔から火が出そうだったというのに、遊嗄は止めない。灑洛の奥まった所を指で弄びながら、灑洛が何も考えられなくなるまで、じわじわと追い詰めていく。

 既に遊嗄には、灑洛が声を高くして身をくねらせる所など、知悉されている。そこばかりを、遊嗄は弄ぶ、責め苦に近いやり方だった。傷にも響くらしく肩口がじんじんと鈍く痛んだ。

 遊嗄さま、と名を呼ぼうとしたのを、口唇に吸い取られる。

 身体の奥が甘く蕩けて、灑洛は遊嗄に身を任せた。

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