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第七章 鬼憑きの姫なのに、鬼退治なんてっ!
5.秘されていた真実・・
しおりを挟む「この小袖に、私の血を少々垂らし……そして、焼き捨てれば良い。呪いは効力を失う」
そう良いながら、実敦親王は、小指を噛みきると、小袖の上に何滴か、血を垂らした。
「小鬼」
鬼の君が命じると、小鬼がささっとやってきて、恭しく小袖を掲げ持ってそのまま後ろ向きに中腰で立ち去っていく。
「やっぱり、焼かなきゃ駄目ですかね、あれ」
「残念ながら」
「……折角、父親の妾さまが作ってくれた新品なのに」
「では、私が小袖をつくって上げるよ。こうみえても、多分、あなたより、裁縫は上手いよ」
根拠のないことを自信満々に言ってくる鬼の君に、私は溜息を漏らした。
「あのですねぇ……私だって、そこそこ、人並には出来ますよ、小袖くらいなら」
「そうか、私は、姉上……つまり、伊勢斎宮の装束一式縫い裁ちが出来る。私の勝ちだな」
いや、勝ち誇られても困りますよ……って、一体、なんで、斎宮の装束一式作ってるんですか、鬼の君は!
と思ったけど、よくよく考えたら、伊勢斎宮さまは、あの鷹峯院の娘なのだから、立派にあの血を継いでいるに違いない。小鬼がおもちゃだったと言って居たではないか。うん。危険だ。
「まあ、それはそうと……あの、実敦親王」
「うん、話を聞こう」
「親王殿下は……先ほど、登華殿の女御様が『病死なさった』と仰せでしたけれど」
鬼の君の顔色が、さっと青ざめた。
「姫、それは言ってはならない!」
もの凄い勢いで止められたので、私は、口をつぐんでしまった。ああ、そうか……あのことを、実敦親王には、伏せて居たのね……。
それは、思いやりだったのかも知れないけど……それがなければ、八年前、鬼の君は、高御座から引きずり下ろされたりしなかったと思う。
「懐仁! 何を知っている! まだ、私に、隠していることがあったのか?」
実敦親王は、鬼の君の襟首を掴んだ。
鬼の君は、つ、と顔を背ける。
「何を知っているんだ! お前は!」
「私が申し上げます」
私は、鬼の君に代わって、実敦親王に申し出た。
「姫、やめなさい。……それを言っても、過去は取り戻せない」
「取り戻せなくても、実敦親王は、ここで生きておいでです。……事実を知っているのと、知らないままで居るのでは、生き方が変わります。ここで、自棄になって、酒色に溺れるような暗愚な方には、私には思えません」
「……なんだ、妬けるなあ、そんなに、信用されているのか。実敦親王は」
信用というわけではない。ただ――知って置いた方が良いと思ったのだ。どれほど、登華殿の女御様が、苦しんだのか。
「なら、私から言おう。……実敦親王。母は、十年前、あなたに犯された。これは事実だな」
実敦親王は、ぐ、と詰まってから、「仰せの通り」と罪を認めた。
「母は、抵抗空しく、あなたが何度も通ってくることに耐えかねて」
「気鬱の病にかかって、狂気されたと聞いた……それは、酷いことをしたとは思っている。だが、どうすれば良かった? 私は、婚約者を奪われたのだ。しかも、かねてから、相愛だった彼女に、裏切られたのだぞ!」
縋り付くような実敦親王の言葉を、鬼の君が切り捨てた。
「だからといって、あなたが取った行いは、あまりにも卑劣なことだった。一度ならずとも、何度も人目を忍んでやってくるなど、正気を疑う。大方、味を占めたのだろうが……母は、耐えられなくなった。
ある日、毒を飲んで、自ら命を絶ったよ」
「え……」
実敦親王の、動きが、止まった。瞬きも忘れて、時の狭間に永遠にとらわれてしまったように、立ち尽くしていた。
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