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第七章 鬼憑きの姫なのに、鬼退治なんてっ!

1.鬼の住む場所

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 大変険悪な状況のまま一歩も譲らず。そうこうしている間に、牛車は、御所までたどり着いた。

「御所様、如何なさいますか?」

 牛飼いが聞いてくる。ちなみに、この牛車、二条関白家のものなので、牛飼い童が『御所様』と聞いたのは、関白殿下のことになる。

 余談だけど、大体、摂関家の人たちは、家の者たちから『御所様』と呼ばれていて、それ以外の公家だと『殿』とか呼ばれている。うちの父様は、殿で呼ばれるくらいの人だ。

「私は、牛車のゆるしを得ているから、このまま車寄せまで行きなさい」

 関白殿下の命に、かしこまりました、と牛飼い童の若い声がする。

 宮中は、基本、牛車で入ることが出来ない。特別にゆるされた人だけが、牛車で入ることが出来るのだ。他にも、随身(朝廷か遣わされる警護)だとか、兵仗だとかの聴しがあるみたい。私が、帝……実敦さねあつ親王から得た、禁色なんてのも、その一つだわね。

 しかし、なんとなくだけど、関白殿下の顔色が悪いような気がする。

「関白殿下、お顔色が優れませんけど……」

「ああ、なに、急に、胃のあたりがきゅうきゅうと締め付けられるようで……」

「実敦親王に会うと思ったからか?」

 鬼の君が笑う。いや、笑い事じゃないけど。

「あながち、そうでないとも言い切れませんが。とにかく、何か、心地がおかしいようで」

 関白殿下は、尋常なご様子ではない。額に、玉のような汗が滲んでおいでだった。

「なんだか、ただ事じゃなさそうです」

 懐紙で汗を拭くと、関白殿下は「世話を掛けるね」と微笑む。至近距離で微笑まれると、ドキッとするわよ。そして、背中方面から、寒気がする。鬼の君が、もの凄いジト目で見てる。見てる。

「姫。そんな者のことは放って置いても良いでしょう。今から、鬼退治に行くというのに、その軟弱な男は、怖じ気づいただけだよ」

「そうですかね……」

 むしろ、関白殿下は、あのやる気のない実敦親王に、帝の仕事を『かろうじて』させていたのだから、かなり、あの帝に対して、発言できる気概があると思うのだけれど。

 それに、あの実敦親王と、一緒に一晩、夜御殿よんのおとど(帝の御寝所よ!)に閉じ込められたとこもあるのだから、そんなに、実敦親王を苦手にも思っていないと思うんだけど。

「いえ、大丈夫ですよ。多分、一昨日、食べ過ぎたのです。唐菓子を」

 なんか、心当たりがある。

「唐菓子? あんな、油で揚げたものを、食べ過ぎるほど食べる愚か者がどこに居る」

「主上。少なくとも、後先を考えずに好物だからと言って、神饌しんせんにもなる貴重な菓子を、欲望の赴くままに食い漁った痴れ者は、この関白のことを指すのだと思われるが」

 陰陽師が、鬼の君の毒舌に、すかさず乗っかる。この二人を組ませてはならないと、私は固く思った。

「ああ、そういう分別のない臣が国事に関わっていたのか」

「人事については、可及的かきゅうてき速やかに見直されることを推奨する」

「それは確かに。……実敦親王に近い勢力は、排除しなければならないし、ある程度、卜占ぼくせんも考慮する余地がある。その際には、そなたにも、手伝って貰おう」

「いや、断る。……私は、一介の陰陽師だ。主上もご存じのことと拝察するが、ただの一官吏には重すぎる役目ゆえ、上司である陰陽博士あたりに押しつけるやっていただくのが適当かと思われる」

 あんた、ちゃっかり、押しつけるって透けて見えるわよ。

 アレだ。卜占で恨まれるのが嫌なんだろう。リアルに出世が卜占で決まると言ったら、何か暴動でも起きかねない。

 そして、キィ、と軋んだ音を立てて、牛車が止まった。

「皆様方。車寄せに到着いたしました」

 一瞬で、空気が引き締まる。



 ―――もう、ここは、清涼殿。
    鬼の住む場所。



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