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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
20.鉉珱の正体
しおりを挟む鬼の君は、しっかりと私を抱きしめて、頬に口づけを落としたり、背中から腰のあたりまでをやんわりと撫でたり、とはっきり言ったら、セクハラし放題だった。
「鬼の君っ!」
「あなたがあまりに可愛い物だから……、八年前も、今も、あなたが、私を導いてくれたのだ。
あなたは、私にとって、幸運の守り神なのだろうね。だから、こうして、大事の前には、しっかり、あなたの気に触れていなければ」
―――とか言ってるけど、触りたいだけだろう。
「……まだ、昼間ですのに」
「たしかに、昼間だね―――従此君王不早朝……これが、世の乱れのはじまりだ」
「えーと、『長恨歌』でしたか」
「そうだね。……おや、青女は、解らなかったのに、『長恨歌』は解るんだ。……あれは、悲恋だからね。よく知られているし、あなたも、好きだろう。私は、悲恋は好かないがね」
鬼の君は、私の首筋に、口づける。
腰のあたりがむずがゆいような心地になって身をよじると、鬼の君は、美しい顔に、微笑を浮かべていた。
「だって、『源氏物語』を読むのにだって、『長恨歌』を知らなかったら、意図が解らなくなりますもの。『長恨歌』くらいは……」
「それで? 廃太子になった方については?」
直接口にするのも、なんとなく憚られて、私は、思いついて申し上げる。
「―――小竹葉に 打つや霰の たしだしに……」
かつて……。同母の妹・衣通姫(軽大娘皇女)と情を通じてしまった、木梨軽皇子が、詠んだ倭歌だ。
思いを遂げて同母妹と契りを結んでしまったその朝に詠んだもので、何を言われようとも、後悔はしないと言う強い決意を秘めた歌である。
鬼の君の表情が凍った。
「まさか……」
「それを、隠す為に、嵯峨野の太閤殿下は、ご自分の一存で……つまり、当時東宮妃が内定していた、妹姫を思うシスコンのあまりに、気に入らない東宮を流罪にしたという汚名を着ました」
「それは、凄いシスコンだけど……」
「はい。つまりは、実際に、コトまで済ませてしまったシスコンと、妹の夫候補を次々と葬っていったシスコンの話です」
「多い……んだね、シスコン」
「私にも妹が居たら、まずかったと思います」
「私の場合は、萌えない姉で良かったよ―――それはともかく……この、威萬内親王という方は……?」
ああ、確かに、鬼の君は間違っていなかった。こんな話は、とても、他人に聞かれたらマズイ。
私は、鬼の君の首に腕を回して、耳許に直接申し上げた。
「……件の東宮が、心中しかないと思い詰めて……妹宮さまの喉首をカッ切ったそうです」
「なんだって……?」
「なんとか、元東宮だけは、お助けできたらしいですけど……、それにしても、凄惨な事件です」
「……じゃあ、この、別紙とやらをみてみるか」
鬼の君は、文箱を引き寄せて、中に入っていた紙を取り出した。
三葉の紙には、東宮隆仁親王が、配流先にて、土地の娘と関係を持って、三女を儲けたことが書かれていた。
大姫、中姫、小姫とだけ書かれているので、本名は解らないけど、女の系図なんてこんなもんだ。
私だって、系図に書かれたら今のところ『父様の女』。仮に結婚したら『夫の室』。正室じゃなかったら、『なんとかの妾』に過ぎない。
「小姫と、中姫は、流行病で死んだようだけど……大姫は生きたらしいね。……どうやら、配流先に赴任していた京の役人と結ばれて……今は、京に暮らしているようだね。
誰が調べているのか解らないが、毎年、大姫が生きていることを確認している、ヒマなものが居るらしい」
今年二月に調べたと書かれている。
「では、その大姫が……」
「大姫は、役人との間に子を儲けた―――だが、この役人、今は、別の女と結婚したようだな。おそらく、受領の娘あたりと上手く結婚できたのだろうよ。大姫は、捨てられて、……子は、寺に預けられた。月並みな末路だ」
私は、ぞわっと背筋に鳥肌が立つのを感じた。
私の震えを、鬼の君は察したらしく、殊更甘い声で「どうしたの、姫」と聞いてくる。
どうしたも、こうしたもないわよ。
あの鷹峯院が、これこそ鉉珱に関係あると仰有って中将と小鬼に託したんだったら。
「―――この、大姫の息子が、鉉珱、ですよ………」
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