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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
16.牛車は一方通行で!
しおりを挟む私の髪は超高速で乾かした。
どうやったのか? 答えは簡単。家中の火鉢を持ってきて、ガンガンに火鉢をたいたのだ。
いやあ、乾く乾く。
折角の洗い髪だから、香を焚きしめたかったのに、まあ、そんな時間はないけど……装束は母様のものを借りてきたから、例の防虫香臭いし、その上、髪はバリバリでなんというか、ほのかな炭の香りがするし。
油を付けて梳るのが普通なんだけど、そんなヒマなかったので、米のとぎ汁付けて洗って乾かして………の状態なので、お察し下さい。
私は、俄然、乙女心に火が付いた。
こんなナリで死ねるかっ!
気合い十分の私は、鬼の君に抱えられ、鬼の君が駆る馬に乗って、一路、源大臣家へ向かっているところだった。
馬に乗ったことはあるけど、とことこと歩くくらいのものに乗ったことがあるくらいだったから、鬼の君は、もの凄い早さで走らせるので、怖くてしがみついているのが精一杯だ。
くれぐれも、馬に蹴られて怪我をした方が居ませんように。
私は、本当に、念仏を唱える勢いで、そう思っていた。
源大臣家へたどり着くと、既に、源大臣と、陽、それに潤さんも門のところで鬼の君を出迎えて、地面に跪く勢いだったので、鬼の君が軽く手を上げてそれを制した。
「……世間では、余は、帝ではない。今は、挨拶は無用ぞ」
鬼の君は、ことさら冷たい声音でそう告げて、邸へ入った。
邸の中は、慌ただしい様子で―――そりゃあ、帝がおいでになると行ったら、お迎えするのに、おおわらわになるのが普通なんだろうけど。(うちは、あまりにも、おおざっぱすぎる。そして、鬼の君も、うちのおおざっぱな家風に馴染みすぎる!)
「鬼ちゃん、良かった。無事だったんだね」
陽が、鬼の君そっちのけで、小走りに駆け寄ってきた。鬼の君が、軽く睨んで、それを見た源大臣の顔が青ざめている。
「鷹峯院から、連絡があって鬼ちゃんのゆくえが解らないと聞いた時には、本当に、息が出来なくなるかと思ったんだよ!」
目を潤ませて言う陽に、私まで、目頭が熱くなった。
「有り難う、陽」
「本当に心配したんだから! ……それで、今までどうしてたの?」
「うん、鷹峯院に行ったあと、帝に攫われて、なんとか逃げ出して実家に行ったら、鬼の君が居て、ここに来ることになったの」
「なんだか、よく解らないけど、とりあえず、鬼ちゃんが無事で良かった」
陽は、鬼の君が見ているのもお構いなしに、私をぎゅっと抱きしめた。
鬼の君が、ジト目で私を見てるのが解る。怖くて振り返れない。
「父に、そちらのやんごとない方からの命が下ったと言うから、関白殿下と、陰陽師にも連絡しておいたよ。あと、昭興院 鉉珱については、こちらでも調べはじめた。
うちの父、こういう調査とか得意みたいだから、任しておいて! 流石に、室にもしてない女性の実家で惰眠を貪るような心臓の強い真似は出来ないけど、僕は僕なりに、鬼ちゃんの為だけに働くからね!」
いや、アンタは十分心臓強いよ!
気の毒なことに、源大臣も、潤さんも、顔色は蒼白だ。
「わーっ! う、うちの弟が申し訳ありませんっ! ご容赦をっ!」
錯乱した潤さんが、鬼の君に平伏したのを見て、流石に、私も気の毒になったけど、鬼の君は、こちらも心臓が強かった。
「なにも、私は謝られるようなことをされた覚えがないが? 左兵衛大尉の言うような、非常識な男は、本当に居るのか、耳を疑ったよ」
などとやんわり仰せになって、にっこりと微笑まれる。
私は陽の腕から逃れながら、胃が痛くて溜まらなくなった。
本当に、もう、どうなることやら。
そうこう言っている間に、源大臣邸に牛車が一台到着する。
「あれは、鷹峯院の車ですね。鬼ちゃんの女房が到着したのかな」
源大臣家の女房達が、牛車から降りる女房―――中将と、小鬼だ――の手を取って支えながら、牛車から降ろす。
ちなみに、牛車は、後ろから入って、前から降りる。これが正式な決まり事なので、後ろから降りたりすると笑いものになるので注意しましょう。
しずしずと降りる中将は、文箱を持っていた。鷹峯院からの文かも知れない。
中将が、私の許へやってきて、文箱を捧げ持った、その時だった。
「お、おお……おおおっ!」
奇妙なうなり声が聞こえてきた。
みれば、源大臣が、言葉にならない声を上げている。
あ、そういえば―――中将の件、陽に頼んでおいたの、どうなってるんだろう。
「その、形、その張り……っその素晴らしい尻はっ! そなたは、私の、理想の尻の持ち主だっ!」
えーと……。
たしか、源大臣のセクハラは、『理想の尻に出逢う為』という、どうしようないアホな理由でやっていたらしいけど。
まさか、そのセクハラが、こんなところで発動しようとは!
鬼の君も、『空気読んでくれないかな』というような迷惑そうな顔をしている。
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