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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして

2.牛車の提案

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「主上、物音が聞こえましたが」

 牛飼い童が心配そうに声を掛けてくる。

 突き飛ばされた主上が、壁にぶつかってしまったのだ。

「ああ、何でもないよ。そなたは気にせずに、先を急いでおくれ」

 いっそ、牛車から降りてしまおうか。

 飛び降りれば、なんとか逃げられる……と思ったけれど、ここがどこだか解らないし、あたりは真っ暗だ。

 女一人で夜歩きをしていたら、間違いなく、山賊にやられる。山科のあたりでさえ、山賊出たんだよね。

 山賊と、主上と、どちらが危険かと言ったら、よく解らないけど、とにかく、『連れ去られている』という状況なのだから、まずマシだ。主上は、少なくとも、私の命をどうこうするつもりはない。

 ん? ―――どうこう、するつもりはない?

 私は、自分の思考を反芻した。

 そう。

 もし、主上が、私の命を取ろうと思うなら(理由はわからないけど)。

 ここで、殺してうち捨てていけば良いだけだ。

 だけど、そうなさらないのだから、なにか、ご用事があるか、それとも、他の目的があるか。

「……あなたは琵琶の名手なんだってね」

 くすくす、と主上が笑う。

「源大臣家で、宴が開かれたらしい。余は招かれぬのに、そんな話をしてきた蔵人くらうどが居てね。聞き出したら、君だと言うから驚いた。なるほど、そういえば、君は、あの人のむすめだった」

 蔵人というのは、主上の日常生活の為に奉仕する役職だ。お側仕えの雑用、という感じかしらね。

「あの人の娘……って、うちの父をご存じなのですか?」

 うちの父親、なにをうっかりやったんだろう。

 宴の席で裸踊り……あまつさえ、持っていた酒を主上の頭の上から、ざばーっと掛けてしまったとか。

「あなたの父親は知らない。えーと……伊予介いよのすけだったかな、何かの時には、声くらい掛けたことはあるだろうが」

「じゃあ……」

「母君だよ。……あの方は、琵琶伝受の為だけに、あちこち出仕なさっている。太皇太后様にも出仕なさったことがあるはずだ」

 一芸出仕……。ああ、でも、割とあるんだった!

 和泉式部と呼ばれた方なんかは、和歌だったし。紫式部と呼ばれた方は、やはり文筆が優れておいでだった。

「……しかし、その面白くない話を聞かされた後に、余は、こう思った」

 す、と主上は剣を抜いた。闇の中でも、なんとなく、その鋭い、霜刃の切れ味がわかる。

 そして、主上は、その刃を、私の足許に突き立てた!

 装束の何枚かが縫い止められている。これは……命の、ピンチ……かしらね。ごくり、と生唾を呑み込む。

 主上の衣―――主上ご自身が近づいて来るのが、濃密になる沈香の香りで解った。

 叫び出したくなるぐらいに、怖い。

「山吹の。そなた、余が何を思ったか、解るか?」

「いいえ?」

 答えた声が上擦って掠れる。

「そうか。妙案なのに……そう。かげいは、余に、女御を差し出した。以後、余の後宮は、空のままだ」

 話から察するに、源大臣のいみなかげいと仰有るらしい。

 かげいうるむひなたなので、ちょっとややこしい気もする。

「そろそろ、お后様をお迎えになるのですか?」

 なんか、ちょっとだけ嫌な予感がする。

「―――あなたを、源家の養女にして、かげいむすめとして、入内させることを思いついた。始めは女御でかまわぬが、ゆくゆく、中宮まで上げよう」

「ご、ご冗談をっ!」

 声を荒げた私とも鼻先が触れあうほどに主上は顔を近づけて、仰せになった。

「勅命を出そう。その前に、小うるさい陰陽師どもが日取りだの吉凶だのを申し出てくるだろうが……まあ、気にするほどのことでもない」

「私を呪ったのは、主上ではないのですか? 私、遠からず死ぬのですよ?」

 主上は、薄く、三日月のように口唇を歪ませた。

「余は、その呪いを解く術を知って居る―――その呪いは、余がかけたものではないが、ね」






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