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第六章 大ピンチ! 呪いも運命も蹴散らして
1.牛車にて・・
しおりを挟む気がつくと、世界が揺れていた。
ゆっくりと重心が移動するようなこの揺れと、木の軋む音。間違いない。牛車だ。
あたりは真っ暗で何も見えない。
ただ、よく解ったのは、牛車の中が、冷厳な香りに満たされていたと言うことと、私の側に誰かが居るので、春の真夜中だけど、寒くはないと言うことくらいだった。
高貴な香りだった。沈香を一番強く感じるが、どこか冷たい感じがする。
そして、私は、この香に聞き覚えがあった。
――――主上の物だ。
私は、思い出した。
鬼の君からの文だと思って呼び出されてみたら、文は主上からの物だった。
そして、主上に口づけされて……(一生の不覚だわっ!)そのまま、気を失ったのだ。
おそらくそのまま運ばれて、私は、この牛車に押し込められたのだろう。今は、夜だ。どこを走っているのかも、全く解らない。
これが、昼間だったら、結構、外の景色も見られるし、聞こえて来る言葉で、どういう場所に向かっているのが解る。
けど、ここが牛車の中だと言うこと以外、全く解らない。
さて、どうしたものかと思っていると、声を掛けられた。
「おや、山吹、起きたのかい?」
やや、躊躇った。このままヘタに返事をされたらどうなるか。殺されるかも知れない………と思う。
「狸寝入りかい?」
不満げな声がする。
「……狸寝入りではありませんわ」
私は意を決して答えて、身を起こした。四人乗りの牛車よりは大分せまい。
お忍びが出来るように……と、小さな牛車を用意していたのだろう。
主上に密着するようで、落ち着かなかった。
「おや、気がついたかい」
どこか、弾むような嬉しげな声が、牛車に満ちる。
「……ここは、どこですか?」
「さあ、私は牛飼い童ではないから、解らないな」
主上が、闇の中で手を伸ばしたのだろう。私の頬に、そっと触れたので、思わず、びくっと身を竦めて仕舞った。
「おや、大分、警戒しているね。私に、襲われるとでも思ったのかい? 山吹」
私は、答えなかった。主上が、近づいているのが解ったからだ。逃げようとしても、逃げられない。
だけど、なにか、考えなければ。このままでは、主上の思うつぼだ。
「……ああ、ここで襲うのも良いかもしれないね」
主上は、私の耳許に、こごった闇のようなねっとりとした声音で囁く。
私は震えながらも、主上から逃れるように身をよじる。
「牛車の中で……というのも、楽しいかも知れないね。常ならぬ場所で求め合うのも良いことだ」
主上は私の腰を引き寄せて、私を腕に閉じ込める。そのまま、押し倒されそうになって、私は、主上を突き飛ばした。
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