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第五章 後宮からの逃走

32.鷹峯院に宿泊

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 鷹峯にたどり着いた時にはすでにとっぷりと日が暮れていた。

 鷹峯院は、今日は宿泊していくようにと仰せになるので、素直に、そのお言葉を受けることにして、源大臣邸には使いを遣った。

 事情を知らない早蕨に……、早良さまが独断で動いたことのすべてを話すのは躊躇われたけれど、それこそ、早蕨を信用していないことになると思って、早良さまと登華殿の女御様の事を―――絶対に口外しないということをきつく言い含めて、話した。

「……叔母が、そんなことをしていたとは、私も、まったく知りませんでした……」

 涙を浮かべる早蕨は、早良さまと嵯峨野の太閤が義絶されたと知った手前、居づらそうにしていたので、早蕨に使いになって貰ったのだった。

 鷹峯院は、おそらく、早蕨のことも、『そこにいないもの』として扱うことだと思う。

 早蕨だけ許しているような態度をお取りになったら、義絶、と言った鷹峯院のお言葉の効力が弱まるからだ。

 鷹峯院は、それほどまでに深く、激怒しているということで……。

 ならば、早蕨には、源大臣邸に戻って貰った方が良い。なんだか早蕨、ずっと、お留守番で気の毒だけど。

「山科の~。アナタ、アタシの娘になるんだから、今日は、一緒に休むわよ!」

 上機嫌を、鷹峯院は装っているように見えた。

「ムリです! ……殿御と、一緒に一晩なんてっ!」

 と、いいつつ、一昨日の晩は、陰陽師殿に一晩中、固く抱きしめられていたのだった……。

 細く見えても、男の人の身体だから……固くて、一つ一つの部位が女よりも大ぶりで、頑丈そう……逞しかった。抱きしめられたのを思い出すと、顔が熱くなっちゃう。

「なによ、アタシが、アンタになにかすると思うの? 流石に、アタシ、息子の妃候補に手ぇ出さないわよ! そこまで、節操なしじゃないわよ! アタシ」

「御前」と小鬼が申し上げる。

「なによ」

「主は、嫉妬深うございます。……帝室の血かと」

「アタシが、嫉妬深いと?」

「嫉妬深くないのですか? ……ともかく、御前と言い、当今と言い、我が主と言い……皆様嫉妬深い」

 それは、まあ、確かに、そうだなあ。うん。

 当今様なんて、嫉妬の塊みたいな方だと思うし。

「仕方がないわねぇ。いざとなったら、守ってあげられると思っていたのに」

「守るって……?」

「さあ? アタシ、二条関白家にケンカ売ったし………、嵯峨野の太閤が、アタシにケンカを売る可能性だってあるじゃない?」

「あの方、そういうムリはなさらないんじゃないですかね?」

 なんとなく、そう思う。

 わかれしな、門のところで、おそらく額を泥まみれにしながら平伏していた方が、鷹峯院に弓引くとは思えない。

「アイツの肩、持つわねぇ、山科の」

「そういうわけじゃないですけど……、鷹峯院のことは、きっと、特別だったんだと思います」

「アイツが特別扱いしてたのは、アタシの父帝。朱鳥帝よ……。衣の端に、恍惚として口づけるわよ。あの男。まったく、高紀子の父親じゃなかったら、もう少し前から義絶してたわ」

 ぷりぷりと怒る鷹峯院に、私はホッとする。その時、私は、小鬼がなにやらそわそわと、庭の方へと、視線を何度か巡らせていたのを見た。

 これは、もしかしたら、鬼の君がおいでなのかしら!

 私は、鷹峯院そっちのけで、小鬼の喉元を掴んだ。


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