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第五章 後宮からの逃走
12.あなたの、名前を呼びたい
しおりを挟むさて、困った。
今回は、私の歓迎会なので、他家の公達は殆んどいないはずだったけど、やはり、多少は、参加していたらしく。
私の琵琶を聞き付けて、廊下には、陽と潤さん含めて七人の青年公家たちが集ってしまった。
「まあ、あれだけの琵琶の弾き手でしたら、是非とも縁付きたいと思いますわ。当然のことでしょう?」
「そんなもん?」
「ええ、そんなもんです。第一、公家の姫ぎみは、お顔を晒さず、御簾の奥からお話なさいますし、それも、わたくしたち、取り次ぎの女房いての、ことですわ。
そうなったら、姫ぎみご本人のことをどうやって判じるかと言ったら、楽器の腕前だったり、装束の取り合わせだったり、和歌やご手跡だったりしかありませんからね」
そうかあ、と私は、生返事をした。私、最近、殿方とふつうにはなすことが多かったわ。これは、はしたなかったわね。
反省しなきゃ。
「それにしても、姫さま、人気ですね。こんなに多い殿方が集まって……」
「みんな、主賓の私に気を使ってるんでしょう? 誉め言葉も真に受けない!」
そう、先ほどから、
「伎芸天が降臨されたような、見事な、琵琶で……」
だとか、
「本当に長々とした美しい黒髪をお持ちで……」
だとかいうのが、聞こえてくる。
だいたい、これは、美女への賛辞だけど、耳なれないから、なんというか、面映ゆい。
「せっかく、宴を張ったのに、こんなに邪魔者がくるなんて……」
集まった貴公子達がなんとか捌けた頃、陽は陽で、ため息を漏らした。
「邪魔者って、陽、そんな言い方は、酷いわよ?」
「酷くないよ。ここで、鬼ちゃんと懇ろに、なって無事結婚ってところまで持って行こうとしたのに、計画が崩れたよ」
さらっと言ったけど、なんという、おそろしい計画。
「私、陽に、お返事してないわよ?」
「返事を聞くのが恐いから……既成事実を作れば、こっちのもんかなあと」
ちょっとした、悪魔か! あんたはっ!
「だって、仕方ないじゃない。帝とか関白殿下が、恋敵なんだから、少しは強引な手段を使わないと、鬼ちゃんに入内の命令がくだったりしたら、もう、僕は、手も出せないし」
だからといって、やり口が強引過ぎる!
「せっかくの宴で、僕はみすみす、ライバル増やしただけじゃないか。一体、鬼ちゃん、誰を選ぶのさ?」
陽が、私の手を、御簾の下から捕らえた。
咄嗟に手を引こうとしたけど、強い力だったから、とても、引けない。
「離してよ、痛いじゃない」
「教えてくれたら、放すよ」
「教える……って、私、良く解らないもん。第一、自分で決めていいの? 娘の結婚相手なんて、普通は、家が決めるのよ?」
「はぐらかさないでよ」
ぴしゃりと、陽に言われて、私は、言葉に詰まる。
だって。
決められない、わよ。
今まで、私って結婚には縁遠かったのよ? 私のステータス、『鬼憑き』って呪い入ってたんだからね? なのに、急に。モテても困る。
「じゃあ。あとでおしえて。
ねえ、鬼ちゃん。鬼ちゃんは、呪いが解けなくて、死ぬなら、誰の腕の中で死にたいの?」
死ぬ前提で話をするなっ! と、どなりたくなったのを堪えて、想像してみる。
私は、誰に、抱き締められたい……?
誰のぬくもりに包まれて、黄泉へ向いたい?
答えはでないけど、考えないと、ダメなのか。
「答えは、鬼ちゃんの呪いが解けた時にきくからね」
「でも。私、死ぬかもよ?」
「鬼ちゃんは、死なせない。僕の命を掛けてもいい。鬼ちゃんを救えないなら、僕は、この世に居る意味はないからね。
だから、改めて、鬼ちゃん、あなたの、名前を呼びたい」
熱っぽい言葉が、私の頬を熱くさせた。胸がいっぱいで、涙がでる。
「じゃあ、今日は、引き揚げるね。明日は、うちの女房として、鷹峯へ」
「う、うん。わかったわ」
「じゃあ、おやすみなさい、鬼ちゃん」
陽は、捕らえた私の指先に、そっと口付けをおとしてから、はにかむ陽は笑って去って行った。
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