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第五章 後宮からの逃走

11.琵琶を奏でる

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 何はともあれ、源大臣家では、盛大な宴が催された。

 私は、その傍らで、装束に香をたきしめているところなんたけど、御簾をおろしたすのこにいると、廊下には、陽が楽器を抱えてやってきた。

「鬼ちゃんが、琵琶を弾いてくれたら、僕も、父上にアピールしやすいんだよね~」

 陽の言うことは良く解らないと、思っていたら、早蕨が解説してくれた。

「姫さまの身分ですと、源大臣家では不釣り合いですからね。姫さま、ご本人が、帝の覚えめでたく……とくれば、姫さまと陽さまの間に産まれた姫ぎみを、入内させると言うこともかないましょうし、そうなったときに、姫さまが、宮中で、ないがしろにされないようなお立場ならば、寵愛をたまわることも、十分に考えられますから。
 そうなると、琴や箏の腕前も、そうですけれど、琵琶がお出来になるのは、大きゅうございますわ」

 陽ったら……。本気で、私に求婚してたのね。幼馴染みだから、あんまり、ピンと来なかったわよ。

 第一、私は、身分卑しきひな住まいですもの、ねえ。

「鬼ちゃん、合奏しよう?」

 陽が持っているのは、横笛だ。

「わかったわ」

 合図をしあって、楽器の演奏を始めれば、陽が、かなりの横笛の名手であると気づいた。

 高く響く澄んだ音のきよげなことには、私も、ぼうっとしてしまう。

 私は、こうなったら引き立て役に徹しよう! と、控えめに琵琶を弾く。

 あんまり、得意でない私の琵琶が、今日は、ずいぶん良く聞こえる。

 気が付いたら、世界からは音が消えて、月の光が地上に降る音が、さらさらと聞こえてきそうなほど。

 そこで、私と陽の奏でるだけが、響きあうみたいだ。

 月の雲海の上……。

 この世でない場所を、私は想像する。

 青ざめた光に、冴えざえと照らされた陽の横顔は、幼さがすっかり消えて、とても綺麗だった。

 最後の音が消えていくのを、名残惜しく感じながら演奏を終えると、あちこちから、嘆息が聞こえてくる。

「姫さま、本当に、腕をおあげになりましたわね」

「正直、私は、山科の姫さまが、こんなに素晴らしい弾き手とは、思いませんでした……」

 小鬼は、まなじりを押さえる。

 そこから、涙が一筋、流れていた。

「あら、小鬼さん、お泣きになって」

 という中将も、涙声だった。

「ええ、山科の姫さまの琵琶が、どなたか、懐かしい方を思い出すようで……。涙が止まらなくなってしまいました……」

「あら、小鬼さんも? 私も、なのよ? 懐かしい……本当に、懐かしい……」

 小鬼と、中将は泣き初めてしまって、しんみりしている。

「まあ、私も、存外巧く弾けたから、これは、陽のお蔭だわ~とか、おもったけど」

「なにか、この二人の琴線に、触れたんだろうねえ。でも、僕もちょっと、懐かしい感じがしたな。今度、僕も、鬼ちゃんのご両親に挨拶がしたいから、八条のお邸に一緒に行こうね?」

 うん、わかった、と言いかけて慌てて口をつぐむ。

 あっぶなーい、うっかり、求婚オーケーするところだったわ。

 とにかく、私は! 今は、それどころじゃないんだってば!

 

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