鬼憑きの姫なのに総モテなんて！

第四章 後宮には危険が一杯！

36.下心を感じる

　一晩、抱き締める……って、そんな呪法が、あるかっ！

　盛大に突っ込みたくなったの私に代わって、関白殿下が、聞く。

「じゃあ、なにかい、もし、私が呪いを受けていたら、そういうことをするのかい、君ら陰陽師は」

　ナイス突っ込み！

「無論」

　陰陽師は、全くぶれることなく言い切った。

「じゃあ、その、陰陽寮の大先輩も？」

「うむ、その時の事は、資料にはこんな風に掲載されている。
　ある日、陣の座に出仕しようとした晴明公は、見目麗しき青年公家、某なにがしの少将の足元に鳩が糞を落としたのを見て、これは、呪いを受けたと一瞬で察知なさった。
　それで、件の少将に、貴方は呪いを受けたから私に任せなさいと言って、少将の車に乗り込んで、邸まで向かい、一晩、少将をきつく抱き締めて祈祷を行ったのだ。
　かくて、少将は助かり、呪詛を行ったものは、死んだということだ」

　それだけ聞いてると、なんか、私にはその、晴明さんが、割合ヨコシマな考えがあったんじゃないかと、勘繰りたくなるけど。

　見目麗しき少将と言うのも、ちょっと、あやしい。

「なんか、下心感じるの、僕だけですかね」

「奇遇だな、左兵衛大尉、私も、そう思ったよ」

「じゃあ、下心、アリじゃないか！　第一、なんで、抱き締める必要が有るんだよ！」

「えっ、まさか、陰陽師、私に、気がある？　困るなあ、私は、室もいる身だし、二十八にもなって、そういうことは……」

　とんちんかんな関白殿下の言葉に、私はがくっと来た。

　脳内まで乙女チックか！　あんた！

「いや、私は、まったく関白殿下には興味ない。第一、関白殿下でもなければ、会話すら面倒な相手に、なにか下心があるはずなかろう。ご自分は自覚がないようだが、あなたは関白であるという意外に、おおよそ価値を見いだせない人材だ。
　生憎、私は、昇進に興味もないし……まあ、出世したいと言っても、うちの部署は、特殊だからな。
　私は、上司の娘と結婚でもしない限り、ここ以上の出世はないし」

「なら良かったけど……どうしても、山吹を抱き締めると？」

　めちゃくちゃけなされてたのに、『なら良かった』で済ませる関白殿下は、意外に大物かも知れない。

「無論。第一、ここにいる我々は、皆、山吹を気に入っているわけだが、とうの本人が、恥ずかしがり屋なものだから、ちゃんと、陰陽師さまの室（おくさん）になりたいわ……と申し出ないのが、そもそも、悪いのだ」

「ちょっと、どさくさに紛れて、なに言ってるんだよ、鬼ちゃんと結婚するのは、僕だからね！」

「いや、私だって、交際をもうしこんでいるからね！」

「いや、関白殿下。あなたは、黙ってもらおう。あなたは、立派な正室がおいでじゃないか！」

「では、正室とは別れる！　千種！　今すぐ、千万子ちまこを離縁するから、手配してくれ！」

　千種さんに、呼び掛ける。千種さんも、なにも、文句ひとつ言わずに立ち上がって、下がってしまった。

　ちょっと！　こんなことで、正室様が離縁されたら、悲しすぎるわよ！

「関白殿下、いい加減にして下さいませ！　離縁なんて！　こんな風に、心のままに行動して、離縁するような方の、お世話にはなれないわよ！」

「よし、これで、関白殿下、脱落」

　陰陽師が拳を握る。

「じゃあ、あなた、妾でも良いの？　いっそ、新しく邸を作って、いまの室と、あなたを別々の屋におむかえするか！　うん、それが良い！
　千万子は、東の対。あなたは北の対が良いね。二条関白の、北の方とはいい呼び名だと思うよ。
　きっと、香子も喜ぶと思うしね！」

　お、恐ろしい！

　いつの間にか、新邸計画が練られているとは！

　というか、妾を自分の邸内に囲うとか、あんたは、光源氏かっ！

「とすると、三人、大体、山吹を迎えるには、問題はないわけだ。ふむ、では山吹。あなたは、誰を選ぶ？　三人、誰を選んでも、あなたに損はないと思うぞ？」

　陰陽師は、私の手を握り締めながら、迫った。

　いや、待って！

　私は、ただ、ただ、命が惜しいのよ！