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第三章 千年に一度のモテ期到来? 

15.関白殿下からの恋文

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「山吹! ねぇ、関白殿下は一体どんな文を送ってきたの?」

 興味津々に、二条の姫さまが私に問い掛ける。

 私は……この、破壊力のデカい文を見て、もう、恥ずかしくて身もだえしそうなんだけど、はっきり言って、女房装束(十二単)って重いので、身もだえは無理です。

「えっ……と、その……」

 見せられるかーっ! と、文を抱きしめる。

 熱烈な、恋歌。


 
 あなたが私の邸に居るのに、なぜ、私は一人淋しく直廬じきろにいなければならないのだろう。
 あなたが、私に応えてくれるのならば、私は禁を冒してでもあなたの元へ飛んでいってしまうのに………。



 いくら、山科で、『和歌も頂いてないのに!』と大泣きしたとはいえ、こんなものを贈ってくるとは……。

 関白殿下、恐るべし。いや、これは、恋愛上級者だから? ああ、もう、全く解らなくて、再び突っ伏すと、二条の姫さまは、「見せてくださいな~っ!」と満面の笑みを浮かべていらっしゃる。

「い、いやです!」

「姫さま、初めて頂いた御文ですものねぇ」

 早蕨がにやにやしている。

「は、初めてじゃないわよ。このあいだ、あの陰陽師だってくれたし……」

「あら、陰陽師様? どちらの陰陽師さまかしら……?」

 二条の姫さまが小首を傾げる。ああ、愛らしい……。というか、お返事はどうしよう。

「陰陽師さまは、惟宗直親これむねのなおちかさまです。先ほども、姫さまの邸においで下さって」

『面倒そうですけど、そんなに悪いものには見えませんでしたわ』

 中将も、囁くように言う。

「そうでしたの。惟宗さまは、若くとも優秀な陰陽師だとかで、うちにも来たことがありますわ。それにしても……そちらの女房は、とても、雰囲気のある方ね。山吹のところで働いて長いのですか?」

 困った。

 まさか、昔、こちらの姫君の女房をしていたとは言い辛い。

「私と早蕨は京に馴染みがないから、最近働いて貰うことになった人なのです。昔は、女御様の女房をしていた事もあるというしっかりした方なので、私も早蕨も、心強く思っているのです」

「そうだったの……。女御様が薨じられて、もう、八年にもなりますものねぇ。あの時までは、割と、あの源大臣も誠実なお人柄だったのだけど……女御様が薨じてからは、セクハラが酷くて」

 溜息を吐くのは揚梅あげももさん。

 源大臣ということばに、中将が、ピクリと反応したけど、そこはプロの女房。平然とした態度は崩さない。

「ああ、この間は、あのセクハラジジイから庇って下さって有り難うございます。揚梅さん。……でも、女御様って、そちらの……今上様の女御様ではなくって……」

 はた、と私は気付いた。

 たしか。

 あの……あの夜。

 帝は、こう仰せだったわ。



「関白はね。十年前に黄泉へ下った、女御様の弔いの為に、毎年、この季節に宴を催して、余をこっそり招くのだ。あれから、十年も経つのに、余の悲しみは、少しも癒えることがない」



 そうよ。なんで気付かなかったんだろう。

 今上様の亡き女御様は、源家の女御様。関白殿下が、『亡き女御様の為に』宴を催すのは、不自然だわっ!

 私は、喉の奥が、からからに乾いているのを感じた。

「中将、あなたの主は、登華殿の女御様だったわね?」

『はい。私の主は、二条関白家の姫君で、登華殿を賜った女御様です』

 はっきりと言った中将の言葉を聞いて、

「あら、それって……十年前に薨じられた、女御様では?」

「ええ、前々帝の……」

 お部屋の女房さんたちが、ざわざわと話し始める。

 一体、どういうことなんだろう。

 なぜ、帝が、十年前に薨じられた、登華殿の女御様に思いを馳せていらっしゃったのか……。

「十年前……、登華殿の女御様は、なぜお亡くなりになったのですか?」

 私の問いに、二条関白邸の女房達は、一斉に口を閉ざしてしまった。

 箝口令が敷かれているって言うことね。

 でも、これは、なにかあるわ。間違いない。


 



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