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第三章 千年に一度のモテ期到来? 

5.困った文たち・・・

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 私が鬼の君に出逢った年……。

 前の帝が退位されて、いまの帝が即位された。そして、女御様が、東宮殿下をおあげになって……その年の冬が来る前に、こうじられたのだ。

「凄い一年だったのね」

「そうそう。凄かったよ。鬼ちゃんとは逢えなくなるし。覚えてる? 鬼ちゃんは、ずっと、八条のお邸に居て……。僕は、こっそり遊びに行っていたんだ」

「うん、なんとなくは……。それで、私は、なんだか、山科に行っていたのよね……」

「たしか、あの年は雷が多くて……八条のお邸に落ちたんじゃなかった?」

 雷……と思い出そうとするけれど、そこら辺の記憶は、まるきり抜け落ちている。どうも、私は、山科で過ごした記憶以外は、あんまり覚えていないようだった。

 多分、八条のお邸は、母様の思い出が強すぎて、辛いんだろうなあと思う。それで、あんまり思い出すのが嫌になってしまったのだ。まあ、母様、生きてるけど。

 ちなみに、私の母様も私くらいの身分。父親は、受領層で、あちこち転勤しながら働いている感じね。確か、母方の祖父は、讃岐介さぬきのすけまで行ったはず。

 たしか、あの管公かんこう菅原すがわらの道真みちざね)が讃岐守さぬきのかみだったことがあるらしくって、大喜びをしていたはずだ。(管公は『守』、うちの祖父様は『介』だから、身分的には、えらい開きがある)

 八条のお邸……は、市が近くて、いつも人の声などがしていたから、雑然としていて(その上、邸に物乞いとか野犬が迷い込んでくることもあったと思う)ので、安心出来ない邸というイメージだけど……やっぱり、あんまり良く思い出せない。

「たしかね、内裏にも雷が落ちたんだよ。それで、どこかの殿舎が燃えたはずだから。まあ、内裏、結構頻繁に燃えるんだけどね」

「それと同じ雷が、うちの八条のお邸にも落ちたっていうの?」

「そういう可能性はあるって言うことでしょ?」

「まあ、それはそうだけど……」

 私は、曖昧に答える。幼なじみとはいうけど、身分は違うし、陽がなんで遊んでくれたのか、正直それもよく解らないのよね。

 まあ、源大臣家の内情に首を突っ込む気にはならないけど。

 そうよ、ただでさえ、今、私はいろいろ、大変なんだから!

「私が、山科に来た理由は、良いんだけど……、八年前に、いろんな事が集中しているのが気に掛かるわね」

 私が呟くと、陽も「たしかに」とうんうん、と頷いた。

「八年前……前の帝って、どうして退位されたのかしら……」

「いや、鬼ちゃん。ちょっと待って。僕が知ってる話だと、前の帝って……」

 陽が深刻な顔で何かを告げようとした時だった。

「姫さま、帝と関白殿下の文使いが、お返事をお早くと……」

 丁度話が佳境と言うときに、早蕨が声を掛けてきたのだった。

 もう! 早蕨ったら。

「鬼ちゃん、はやく、帝と関白殿下の御文はお返しした方が良いよ」

「そうよね。陽まで、とばっちりを受けたら大変だもの」

 何せ相手は、権力者と帝。仕方がないので、陽の前だけど、返信を書かせて貰う。

「でも、不思議なのよ。陰陽師は、私に『千年に一度のモテ期』が来てるっていうんだけど、それにしたって、帝とか関白殿下にまで、文を頂くとか、普通じゃないわよ」

「なんだか凄いね。『千年に一度のモテ期』って」

「うん。おかげで、私、来世は非モテ決定よ。まあ、そんなにモテたい訳じゃないけど。夫も持てるとは思ってなかったし」

 とりあえず、早蕨にお願いして、当たり障りのない内容で文を返すことにした。普通、男女が文のやりとりをするのに、最初っから姫本人が書くというのは少ない。

 大抵は、取り次ぎの女房が文を代筆するのが普通だ。

 そして、早蕨に帝と関白殿下からの文を渡した時、「ひ、姫さまっ!」と早蕨が引きつった声を上げた。

「なによ。早蕨」

「こ、これは……帝の宸筆です。流石に、宸筆にてお文を頂いては、女房の私が文をお返しすることは出来ませんわ」

 声が震えている。

 まさかあ。帝なんて、滅多な事では宸筆で書くことはないのよ? それなのに、私宛に宸筆とかいうのは、本当にやめて欲しい!

「ちょっと、鬼ちゃん、お文を見せて。僕、帝の手跡おてをしってるから」

 陽が、御簾の下から手を差し出す。

 帝からの文を渡すと、陽も、震える声でいう。

「……鬼ちゃん。これ、紛れもなく、帝の宸筆だよ。しかも……すぐにでも、入内させたいようなことが書いてある。流石に、僕だって、帝にお仕えする身だから……、帝が、こういうことを思し召しているとなると……」

「ちょっと、待って! いきなり、おかしいわよ! うん。こうなったら、私、出家するわ! それが一番、みんなに迷惑が掛からないでしょう。うん。出家するっ! 早蕨、うちの菩提寺に行くわよ!」

 私は、立ち上がった。

 関白殿下にしたって、父様の就職のことを言うのは、まったく、酷い話だし。横暴だから、出家する―――ということにしてしまおう!

「ちょっと、鬼ちゃん!」

「ごめんね、陽。でも、もう、いろんなことが面倒だわ。出家すれば、モテもなにも無いでしょう。早蕨、ここに書いた仕度をして頂戴」

 私は、早蕨に、メモを書いた。

『敵を欺くにはまず味方から。ここでは出家したことにするから、ほとぼりが冷めるまで居られるような、縁もゆかりもない小さな邸を探して頂戴』

 もし、私が、どこかへ身を隠したのが陽にバレたら、陽だって、関白殿下と帝二人がかりで問い詰められたら、きっと、話すしかないものね。

 出家も良いけど、『鬼憑きの姫』って事で、一度二度断られてるから、まず、出家は無理。

 だとしたら、これが、私の最善策なのよ。

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