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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……

19.鬼の君と語らいながら

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「私は、戻ってしまった……」

 鬼の君のこの言葉に、私は、鳥肌が立った。

 戻ってきてはならなかった……とでも言うようで。けれど、元から、鬼の君は、京へ戻る意志はあったのだと、私は思う。

 でなかったら、あの香を、私に託すはずがない。

「でも、お戻りになるつもりだったのでしょう?」

「ええ」と鬼の君は笑う。闇に紛れても、柔らかな笑顔が見えたようで、私は安堵した。「私の命を救ってくれた姫君に、お礼一つしていないことを、ずっと気に病んでいたものですからね」

「お礼なんて、よろしいのに」

「あなたの欲しいものを何でも差し上げると言っても?」

「何でもだなんて……、もし、私が、無理難題を言ったらどうするのですか?」

「蓬莱の玉の枝だとか、火鼠の皮衣だとか?」

 くすくすと鬼の君は笑う。それってば、物語の『かぐや姫』が求婚者に押しつけた無理難題じゃない!

 流石の私だって、そこまで無理は言わないわ。現実に存在するようなものを言いますわよ!

「今私が欲しいものと言ったら、反物ね。女房の早蕨の為に、表着をつくってあげたいの。早蕨は、本当は、こんなところに居るような人ではないのに、どこかの高貴な方の思し召しだとかで、私の女房としてやってきたのよ。だから、せめて、たまには、装束くらい作ってやりたいの」

 口早にまくし立ててから――――私は、口数が多すぎた、と反省した。どう考えても、下級とは言え貴族の姫らしさがない。

「あなたらしい」

 鬼の君は笑う。呆れていらっしゃったらどうしようと思ったけれど、存外、平気そうなので、とりあえず良かった。

「あなたは、自分のことよりも、人のことの為に動いてしまうのでしょうね。私は、それに救われたのです。……私は、ずっと、人を食う鬼の国に居て……、私自身も鬼になってしまったから、もはや、このまま死ぬ他ないと思っていましたが、あなたに命を救われ、自らを省みたときに―――鬼退治をしなければならないと、心に誓ったのです。

 それで、私は、伊勢で力を蓄えて、ここまで戻ってきたのです」

「鬼退治……ですか」

「ええ。ですから、鬼退治が終わったあと、あなたには沢山の反物をお届けしましょう」

「楽しみに待っていますけれど……危ないことはなさらない方が良いと思います。私も、反物は大事ですけれど、命あってのことだとは思います。私には、大切な乳母やがおりましたけれど、死んでしまってからは、もう二度と会うことは出来ません。私は、乳母やに、沢山、お礼を言いたかったのに、結局言えずじまいで黄泉路を下ってしまいました。

 ですから、なにより、命が大切だと、私は思うのです」

 私は、乳母やのことを思い出して、切なくなった。

 人が居なくなる―――って、嫌な気持ちなのね。ぽっかりとした穴が開いてしまうみたいなの。いままで、当たり前のようにあった者なのに、急にあるとき、消えるのよ。それが、私は、本当に、口惜しくて、切ない。

「危険な……ことは、それほどはしないと思うよ。ただ、京は、多少混乱するだろうけれど」

「京……」

「だから、あなたは、しばらく、この山科に居た方が良い」

 まあ、私がここを出るということは、多分、無い。なんてったって、『山科の鬼憑きの姫』だもんね。

「ここに居ると思います」

 私が告げると、鬼の君は立ち上がった。

「では、姫君……」

「また、会いに来て下さいませ。約束ですからね!」

「解りましたよ……ん?」

 鬼の君は、ふ、と私の部屋を見て、動きを止めた。

「姫君、あの装束は……?」

 夜で灯りもない中なのに、鬼の君は、よく見えるものだと感心してしまう。装束と言われても、よく解らなかった。

「あの……表衣と唐衣……」

 鬼の君は、几帳に引っかけていた表着と唐衣を指さした。しまった、関白邸からのお借りものだったので、少し風通しをしてから……と思っていたのだった。

「ちょっと、見せて貰えないか?」

 鬼の君が震える声で言うので、私は、几帳に引っ掛かっている表着と唐衣を外して、鬼の君に持って行く。

 鬼の君は、その装束をまじまじと見遣ってから、

「なぜ、あなたが、これを持っているの?」

 と固い口調で、私に問い掛けた。







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