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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
11.鬼の君を匿うこと
しおりを挟むとりあえず、鬼の君を祠へ運んで。
あとは、家人に見つからないように、慎重に邸へ戻って、なにか、食べるものと、傷に効く膏薬を持ち出して、祠へ運ぶ。
小さな桶もあったから、水も運んだ。
「小さな姫君、こんなにして頂いて、有り難いが、あなたの迷惑になるでしょう」
これ以上の世話になるわけには行かない、と鬼の君は、青白い顔をして言う。
「困っている方をみつけたら、お助けしなければならないと、父様に教わりました」
「深追いをしてはならないときもあるのですよ」
鬼の君は、私を追い返そうとしたけれど、私は、がんとして引かなかった。
だって、私がここで見放してしまったら、鬼の君は、死んでしまいそうだと思ったから。
私は、鬼の君の衣を握りしめた。
「あなたの、怪我が、良くなるまでは、こうして、夜に、ここに来ます」
鬼の君は「こまった姫だね」と微苦笑してから、衣の端を手で裂いた。それを二つにわけて、私に手渡す。
「これは、一つはあなたに。私は、お礼らしいお礼もできないけれど……ちょっと、良い品なんだ。それと……、もし出来るなら、あの桜の木の枝に、この衣の端を結びつけて欲しい」
「桜の枝に、この衣の端を結んでおけば良いのね。解ったわ。鬼の君が凭れていたあの桜ね?」
「ええ。……そうすれば、私の供のものが、気付くはずです」
私は、その言葉に、ふふ、と笑った。
「鬼の君にも、人間のように従者がおいでですのね」
「ええ、勿論。……地獄の獄卒だって、ちゃんと、部下を引きつれていますよ?」
まあ、そうかも知れないわね。
「私、地獄の獄卒にあった事なんてありませんもの」
「あなたは、きっと、地獄の獄卒に会う機会などないままに、生涯を終えるのでしょうね」
そう呟いてから、鬼の君は、目を伏せた。長いまつげが、濃い影を瞳に落として、眼差しが憂いを帯びる。
「私は、ありますよ。地獄の獄卒を見たことが……」
なんとなく、ぞっとするような声だった。
「脅かそうとしていらっしゃるでしょう!」
女童だからって、バカにしないで下さいませ! と頬を膨らませてみせると、鬼の君は、困ったような顔をしてから、
「あなたを子供扱いしたわけではないですよ。……私はね、魑魅魍魎、鬼の住む国に居たのです。だから、いつの間にか、気がついたら、私自身も、鬼になってしまった……そういうことなのです。そして、また、地獄の獄卒たちに、追われているのですよ」
鬼の君は、なんだか、疲れているようだった。怪我も治っていないのに、長々とお話ししてしまったのが行けなかった。
「ごめんなさい、鬼の君。私、もうそろそろ、お暇しますわね。お約束の桜には、必ず、この布を結びます」
「ええ。そうしたら、きっと、あなたの邸に、その布を持った男が現れますから。その男に、もう一つの布をお見せ下さい。それと、その布は、あなたを訪ねてきた男以外には、絶対に見せないこと。よろしいですね」
鬼の君は真剣な顔で念を押すので、私は、「解りましたわ」と請け負ったのだった。
「鬼の君、その従者のお名前は?」
「その者は……多分、名乗らないでしょう。ですが、この合図で、あなたを訪ねてきたのならば、間違いなく、その者です。信用なさって下さい」
鬼の君は、確信を込めて、私に言った。
私は、鬼の君に休んで貰っている祠をあとにして、闇夜の中、邸へ戻っていった。その帰り道、鬼の君に約束したとおり、桜の木の枝に、布を結びつける。
私は、辺りを見回したけれど、誰も居ない。
遠くの方で、野犬が鳴いている、悲しい遠吠えが聞こえてきて、私はなんだか怖くなって、邸へと駆け戻った。
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