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第一章 花の宴の夜は危険!
10.泥まみれの装束
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男の人の声だ。
姫さまは、とっさに、身を隠す。当然だ。
「あ、潤兄さん! こんなところでどうしたの?」
のんびりと、陽が聞く。
会話から察するに、陽の兄上……のようだ。
しかし、どちらかと言ったら頼りなさげな陽に比べて、随分、がっしりとした体型だ。顔を見ようと見上げれば、首が痛くなってしまうくらいに、背が高い。それに、腕も脚も、柱のように丸くて頑丈そうだ。
物語の絵巻で見た、人を取って食う、鬼が、狩衣を着ているというような印象だ。
ちなみに、私が出逢った『鬼』は、それはこの世の物とは思えないほどに、美しい鬼だった。
私が今、小袖(下着のことよ)に薫きしめている香を漂わせて、物憂げに目を伏せた姿なんかは、見ているだけで魂を奪われてしまいそうで、本当に、鬼、というのが居るのだわ……と私は思ったのだもの。
鬼は、美しいの。
「父上が失態を晒した挙げ句、こちらで休ませて頂いていたから、担いで牛車に押し込めてきた」
うん、この人なら、軽々とあのセクハラジジイを担げそう。
「あーもう、なんで父上は、いつも度を越して酒を飲むかなあ」
しみじみと陽が嘆く。
「ねえ、陽。こちらは、お兄様なの?」
「あ、紹介してなかったね! 僕の兄上で、潤兄さん」
潤さんは、私に、ペコリと礼をした。
「兄さん、こちらは、山科の……」
陽が、私を鬼ちゃんと紹介したら、まずい!
私は、陽の言葉を遮って、
「山吹と申します!」
と、あわてて告げた。
姫さまに、知られたら、まずいわよ。卒倒するかもしれないじゃない! 鬼憑きと呼ばれた私が、お邸をふらふら徘徊していたら、きっと、怖いはずだわ。
「山吹さん、もしや、あなた、うちの父にセクハラされませんでしたか? もし、されてたら、申し出て下さいね。あとで、お詫びに伺いますので」
なんか、慣れてるような気がして、きっと、この人、あのセクハラジジイのせいで、いらない苦労をしてるんだろうと思うと、なんだか、哀れな気分になる。
「私は、裳裾を引かれたくらいなので、大丈夫ですよ」
にこやかに言うと、潤さんは、地面に突っ伏して、
「わー、うちの父がスミマセン! あんなジジイに触られた裳裾で立ち働いていらっしゃったのですね。もう、本当に申し訳ない!」
と、なんだか、壊れたように、「ごめんなさい、申し訳ないです、本当に済みません」を早口で繰り返している。ちょっと、怖い。
「ちょっと、顔を上げて下さい! 私は、平気ですから……」
「ごめんね、こうなると兄さん、なかなか戻って来ないから。じゃあ、……『山吹』さん、今度は時間を作って欲しいな。お邸まで伺うから」
陽は、潤さんを引きずるようにして連れていく。体格で劣る陽なのに、容易く引きずって歩くのだから、きっと、これもまた、慣れたことなのだろう。
私は、姫さまのお側に戻り、
「それでは、私は、このへんで」
と申しあげようとしたら、唐突に、姫さまが、
「まあ! 美しい装束が、泥だらけだわ。山吹、着替えましょう」
などと仰せになる。
美しい……とは、お世辞にも言いがたい、古びた装束ですけれど。
「でも、もう夜遅いのですし、私、装束もこれしか持っていないのです」
ですから、結構です、と申しあげようとしたら、姫さまは、私の手をとって、引っ張っていきます。
「姫さま?」
「うちには、だれも着ていない装束が、沢山あるの。だから、山吹に差し上げるわ。小君を捕まえてくれた、お礼をしていないもの」
姫さまは、とっさに、身を隠す。当然だ。
「あ、潤兄さん! こんなところでどうしたの?」
のんびりと、陽が聞く。
会話から察するに、陽の兄上……のようだ。
しかし、どちらかと言ったら頼りなさげな陽に比べて、随分、がっしりとした体型だ。顔を見ようと見上げれば、首が痛くなってしまうくらいに、背が高い。それに、腕も脚も、柱のように丸くて頑丈そうだ。
物語の絵巻で見た、人を取って食う、鬼が、狩衣を着ているというような印象だ。
ちなみに、私が出逢った『鬼』は、それはこの世の物とは思えないほどに、美しい鬼だった。
私が今、小袖(下着のことよ)に薫きしめている香を漂わせて、物憂げに目を伏せた姿なんかは、見ているだけで魂を奪われてしまいそうで、本当に、鬼、というのが居るのだわ……と私は思ったのだもの。
鬼は、美しいの。
「父上が失態を晒した挙げ句、こちらで休ませて頂いていたから、担いで牛車に押し込めてきた」
うん、この人なら、軽々とあのセクハラジジイを担げそう。
「あーもう、なんで父上は、いつも度を越して酒を飲むかなあ」
しみじみと陽が嘆く。
「ねえ、陽。こちらは、お兄様なの?」
「あ、紹介してなかったね! 僕の兄上で、潤兄さん」
潤さんは、私に、ペコリと礼をした。
「兄さん、こちらは、山科の……」
陽が、私を鬼ちゃんと紹介したら、まずい!
私は、陽の言葉を遮って、
「山吹と申します!」
と、あわてて告げた。
姫さまに、知られたら、まずいわよ。卒倒するかもしれないじゃない! 鬼憑きと呼ばれた私が、お邸をふらふら徘徊していたら、きっと、怖いはずだわ。
「山吹さん、もしや、あなた、うちの父にセクハラされませんでしたか? もし、されてたら、申し出て下さいね。あとで、お詫びに伺いますので」
なんか、慣れてるような気がして、きっと、この人、あのセクハラジジイのせいで、いらない苦労をしてるんだろうと思うと、なんだか、哀れな気分になる。
「私は、裳裾を引かれたくらいなので、大丈夫ですよ」
にこやかに言うと、潤さんは、地面に突っ伏して、
「わー、うちの父がスミマセン! あんなジジイに触られた裳裾で立ち働いていらっしゃったのですね。もう、本当に申し訳ない!」
と、なんだか、壊れたように、「ごめんなさい、申し訳ないです、本当に済みません」を早口で繰り返している。ちょっと、怖い。
「ちょっと、顔を上げて下さい! 私は、平気ですから……」
「ごめんね、こうなると兄さん、なかなか戻って来ないから。じゃあ、……『山吹』さん、今度は時間を作って欲しいな。お邸まで伺うから」
陽は、潤さんを引きずるようにして連れていく。体格で劣る陽なのに、容易く引きずって歩くのだから、きっと、これもまた、慣れたことなのだろう。
私は、姫さまのお側に戻り、
「それでは、私は、このへんで」
と申しあげようとしたら、唐突に、姫さまが、
「まあ! 美しい装束が、泥だらけだわ。山吹、着替えましょう」
などと仰せになる。
美しい……とは、お世辞にも言いがたい、古びた装束ですけれど。
「でも、もう夜遅いのですし、私、装束もこれしか持っていないのです」
ですから、結構です、と申しあげようとしたら、姫さまは、私の手をとって、引っ張っていきます。
「姫さま?」
「うちには、だれも着ていない装束が、沢山あるの。だから、山吹に差し上げるわ。小君を捕まえてくれた、お礼をしていないもの」
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