16 / 186
第一章 花の宴の夜は危険!
8.筒井筒 ★挿絵有り★
しおりを挟む
「もしかして、鬼ちゃんなの?」
私は、今の今まで、幼なじみから『鬼ちゃん』と呼ばれていたことを、全く存じ上げませんでした。はい。
「ちょっと、陽。あんまりじゃない? いくら私が鬼憑きの姫だからって!」
「だって、僕、鬼ちゃんの幼名なんて、教えて貰ってないもーん」
ぷん、と拗ねて陽はそっぽを向く。なにが『ないもーん』だっ! だからと言って、『鬼ちゃん』はあんまり過ぎる!
「今は、山吹って呼んで頂戴」
「山吹……って、あんまり、縁起が良くない花に思えるけど」
陽は、小首を傾げる。
「なによそれ、また、あんまりな言い方じゃない」
「あ、ゴメンね、鬼ちゃん。だって、山吹って、黄泉っぽさもあるし……『万葉集』あたりにも『花は咲くのに実を付けない』とか、言われている花だから」
「まあ、そうね……」
私は、陽の言う、『万葉集』の和歌を思い出した。
―――花咲きて 実はならねども長き日に 思ほゆるかも山吹の花
花は咲いても、実はなりませんでしたけれど、長い間、待ち望んでいた山吹の花なのです……。
というような意味になる。
「たしかに、実はならない……とかいうと、なんか、引っ掛かるわね」
「でしょう? だったら、もうすこし、華やかなお花の名前を名乗ったら?」
「うーん……でも、この名前、帝が付けて下さったのよね」
軽く言った私の言葉を聞くや、陽は、ざざっと後ずさりして、(闇夜で見えないけれど)真っ青な顔をして、震えているのが解った。
「み、帝……って、本当に、主上が付けて下さったお名前なの?」
「ええ……」と私は、流石に、お忍びなのだろうから、おいでになっているのをバラしたらマズイと思って、「物詣(寺社へ祈願に行くこと)に行ったら、丁度、お忍びでおいでだった主上と、お話しする名誉を賜って、その時に、私に『山吹』と名付けて下さったのよ」
我ながら良いごまかし―――と思ったけど、『祈願』に行ってるのに『実らない』花の名前なんか付けられたら、軽く、帝にイヤガラセされてるって言うことになる。
すみません、帝……。
とりあえず、心の中で手を合わせつつ。
「そういうところで巡り会うだなんて、本当に、鬼ちゃんと帝は奇縁があるのかも知れないね……なんか、凄いけど……鬼ちゃんには、似合わないと思うな、僕は」
「似合わないって、何がよ」
失礼しちゃう、と思ったら、陽が私の手を取った。泥まみれ……のはずだけど、良いかしら。
「鬼ちゃんなのに、帝の後宮で、更衣さまとかになって、それこそ、『桐壺』様なんて呼ばれたりするように成るの? そんなの、鬼ちゃんには、似合わないよ。鬼ちゃんには、もっと、内大臣の息子とか、そういう、もうちょっと、堅実なところの息子がお似合いだって!」
うーん、堅実なところのご令息が、私と結婚するかしらね……と私は、気がついた。
やだ、アンタ。
内大臣の息子って、自分じゃないのっ!
みれば、陽は、真っ赤な顔で、私をじっと、見つめて居る。逃れられないような、熱い眼差し……。手も、ぎゅっと握られて、逃げられない。
「あ……」
「なに、鬼ちゃん」
「蝶々……」
目の前を、ひらひらと蝶が舞う。
美しく大きな羽を羽ばたかせて、闇夜に浮かび上がるように、白い蝶が舞っている。
「そんなの、後にしてよ」
「後? うーん、陽の話は後で聞くわ! あんたも、一緒に、あの蝶捕まえて!」
私は、今の今まで、幼なじみから『鬼ちゃん』と呼ばれていたことを、全く存じ上げませんでした。はい。
「ちょっと、陽。あんまりじゃない? いくら私が鬼憑きの姫だからって!」
「だって、僕、鬼ちゃんの幼名なんて、教えて貰ってないもーん」
ぷん、と拗ねて陽はそっぽを向く。なにが『ないもーん』だっ! だからと言って、『鬼ちゃん』はあんまり過ぎる!
「今は、山吹って呼んで頂戴」
「山吹……って、あんまり、縁起が良くない花に思えるけど」
陽は、小首を傾げる。
「なによそれ、また、あんまりな言い方じゃない」
「あ、ゴメンね、鬼ちゃん。だって、山吹って、黄泉っぽさもあるし……『万葉集』あたりにも『花は咲くのに実を付けない』とか、言われている花だから」
「まあ、そうね……」
私は、陽の言う、『万葉集』の和歌を思い出した。
―――花咲きて 実はならねども長き日に 思ほゆるかも山吹の花
花は咲いても、実はなりませんでしたけれど、長い間、待ち望んでいた山吹の花なのです……。
というような意味になる。
「たしかに、実はならない……とかいうと、なんか、引っ掛かるわね」
「でしょう? だったら、もうすこし、華やかなお花の名前を名乗ったら?」
「うーん……でも、この名前、帝が付けて下さったのよね」
軽く言った私の言葉を聞くや、陽は、ざざっと後ずさりして、(闇夜で見えないけれど)真っ青な顔をして、震えているのが解った。
「み、帝……って、本当に、主上が付けて下さったお名前なの?」
「ええ……」と私は、流石に、お忍びなのだろうから、おいでになっているのをバラしたらマズイと思って、「物詣(寺社へ祈願に行くこと)に行ったら、丁度、お忍びでおいでだった主上と、お話しする名誉を賜って、その時に、私に『山吹』と名付けて下さったのよ」
我ながら良いごまかし―――と思ったけど、『祈願』に行ってるのに『実らない』花の名前なんか付けられたら、軽く、帝にイヤガラセされてるって言うことになる。
すみません、帝……。
とりあえず、心の中で手を合わせつつ。
「そういうところで巡り会うだなんて、本当に、鬼ちゃんと帝は奇縁があるのかも知れないね……なんか、凄いけど……鬼ちゃんには、似合わないと思うな、僕は」
「似合わないって、何がよ」
失礼しちゃう、と思ったら、陽が私の手を取った。泥まみれ……のはずだけど、良いかしら。
「鬼ちゃんなのに、帝の後宮で、更衣さまとかになって、それこそ、『桐壺』様なんて呼ばれたりするように成るの? そんなの、鬼ちゃんには、似合わないよ。鬼ちゃんには、もっと、内大臣の息子とか、そういう、もうちょっと、堅実なところの息子がお似合いだって!」
うーん、堅実なところのご令息が、私と結婚するかしらね……と私は、気がついた。
やだ、アンタ。
内大臣の息子って、自分じゃないのっ!
みれば、陽は、真っ赤な顔で、私をじっと、見つめて居る。逃れられないような、熱い眼差し……。手も、ぎゅっと握られて、逃げられない。
「あ……」
「なに、鬼ちゃん」
「蝶々……」
目の前を、ひらひらと蝶が舞う。
美しく大きな羽を羽ばたかせて、闇夜に浮かび上がるように、白い蝶が舞っている。
「そんなの、後にしてよ」
「後? うーん、陽の話は後で聞くわ! あんたも、一緒に、あの蝶捕まえて!」
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
おじさんは予防線にはなりません
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」
それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。
4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。
女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。
「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」
そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。
でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。
さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。
だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。
……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。
羽坂詩乃
24歳、派遣社員
地味で堅実
真面目
一生懸命で応援してあげたくなる感じ
×
池松和佳
38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長
気配り上手でLF部の良心
怒ると怖い
黒ラブ系眼鏡男子
ただし、既婚
×
宗正大河
28歳、アパレル総合商社LF部主任
可愛いのは実は計算?
でももしかして根は真面目?
ミニチュアダックス系男子
選ぶのはもちろん大河?
それとも禁断の恋に手を出すの……?
******
表紙
巴世里様
Twitter@parsley0129
******
毎日20:10更新
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる