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第二章 菓子を求めて游帝国へ
旅の疲れとよごれ
しおりを挟む鴻が持ってきたのは、料理の作方が多数記載された、書物だった。
「この中に、色々な菓子があって、特に面白いと思ったのが、『五香糕』と『双甘麺』だな」
「たしか『五香糕』が、『あまりにも美味だったから、祭祀に供えるはずだったのに作った厨娘が全部食べてしまって首を括ることになった』菓子だったか?」
「ああ」
鴻は頷く。なんとも、物騒ないわれだが、確かに、『五香糕』は美味だった。そして、その美味は、娃琳の姉、月季の体調を快復させることも出来たのだから、素晴らしい菓子である。
「『双甘麺』は、『男女二人で食べれば、お互いの秘密を暴くことが出来る』と書かれている」
作方の先頭には、確かに、そういう記載があった。
「男女の秘密……ねぇ」
「まあ、作ってみれば解るんじゃないか?」
鴻は、あっけらかんとしている。たしかに、作って、試してみれば、この記載が『真実』なのかどうか、解るというものだ。
「すぐに作れそうなものなのか?」
鴻は、作方に視線を走らせる。
「ああ、大丈夫そうだ。小麦粉に、胡麻と豚の脂、砂糖を入れて、揚げてから糖蜜を絡めた麺のようだな。どうも、長々と一本にして作ると書いてあるのが難しそうだが……」
「揚げる麺とは面白いな」
「うん。しかも、甘い……長さは、最低でも三尺(約九十センチメートル)、出来れば五尺(約150センチメートル)は欲しいと書かれているから」
「無理をせず、三尺で良いのでは?」
五尺の麺など、どうやって揚げるのか、娃琳には想像も付かない。
「わかった。長さにもなにか秘密があるといけないから三尺以上は目指して作るよ」
そして、意気揚々と、鴻は出て行く。娃琳は、久しぶりに帰ってきた自分の部屋だった。そして、久しぶりの、一人の時間だった。旅の間、あまり一人になることはなかったから、どこかで気疲れしていたのだろう。足許から、力が抜けて、榻に倒れ込みたくなるほど、どっと疲れが出た。
旅の間、鴻は親切だったし、頼りになった。
いろいろと、接触が多かったのは、あちらが年増をからかっているだけだとは思うが、それでも、なにか意識してしまったことは確かだし、なによりも、初恋を、いつまでも呪いのように温めている自分自身に気がついたのが、驚きだった。
疲れもあったので、娃琳は旅装を解いた。
いつの間にか現れた侍女が、脱がせてくれたが、鼻を摘まんでいることに気がついた。
「臭うか?」
「臭いますっ! ……大長公主殿下ともあろう御方が、どうして、こんな格好で! ……湯殿の仕度は済んでおりますから、すぐに湯殿で身をお清め下さいませ!」
正直、面倒だったが、仕方がない。
「もう、服を脱いでしまったから、ここに湯を持ってきてくれないか?」
「畏まりました。そのままで、お待ち下さいませ」
円領の表着を脱いだだけなので、下着と裙子一枚という格好だったが、湯を運んで貰うのはラクなので良かった。
ほどなくして湯の用意が出来たと申し出た侍女が、
「あのまま、湯殿へ行かずに、ようございました。……実は、雑琉のお客様が、今から厨房を使うから、その前に身を清めたいと仰せになって、浴室をお使いだったのです」
と行ってきたので、娃琳は「そうか」と素っ気なく受けては居たが、『翡翠池』での一件を思い出して、恥ずかしくなった。
湯着一枚で身体を密着させた挙げ句に、鴻に怒られたのだった。鴻が怒る理由もわかるが……今更思うと、鴻も、あそこまでしなくても良かったのではないかという気持ちになる。
(いくら、私が、あんまりものを解っていないからと言って、直接触らせるのは、やはり、あちらも、おかしいだろう)
部屋に備え付けた簡単な浴室で服を脱いでいると、腰に、鴻から貰った短刀を付けていたことを思い出した。
「まあ! こんな物騒なものを……。まさか、これを持って、立ち回りをなさったのですか?」
侍女が非難がましく言う。
「いや、それは、万が一の為のものだ……何者かに襲われたとしても、私は戦力にならないよ」
「まあ、それはそうですけれど……大長公主殿下なのですから、守られることも、お仕事とご理解下さいませ」
やけに、侍女は厳しい。急に旅に出たことを、嫌っているのだろうとは思った。
軽く身体を洗い流して浴槽に身を沈める。『翡翠池』で温泉に入ったばかりだと思って居たが、確かに、汚れていたらしく、浴槽の底に、じゃりじゃりと砂が溜まっていた。
そういえば、侍女がいないこともあって、旅の間、身体は拭き清めていたものの、髪は洗っていなかった。
「徹底的に洗い流しますわよ!」
袖をまくり上げた侍女が、娃琳の頭から湯を掛ける。やはり、臭いがしたのは、頭だったらしい。湯で洗い流し、穀物のとぎ汁などで汚れを落とす。
汚れを落としたら、髪を乾かして香油などで整えるのだが、侍女の必死の様子を見ていると、しばらく、洗髪は続きそうである。
「すまないが、少し、眠るよ」
娃琳は、浴槽に入ったままで、瞼を閉じた。侍女が、なにやら奮闘しているのは解ったが、強烈な睡魔に抗えなかったのだった。
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