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第二章 菓子を求めて游帝国へ
菓子の手がかり
しおりを挟む女帝は、親切だった。破格の親切には恐縮したが、素直に受け取って置くに限る。
『あなたは、わたくしの大叔母です。ですから、こうして、尽力するのは、当然のことです』
と言い切って、『帝華路』(皇帝専用道路)を超高速で移動することが出来た。馬車も、途中五回乗り換えが必要だったが、その間、全力で走るというとんでもない乗り継ぎをするものだった。
「こんな無茶、よくやるのかしら?」
娃琳が馭者に聞くと、「そうですねぇ、戦の時でもなければ、こんなことはないでしょうが」と笑いながら言われて、ぞっとした。
帝華路には、緊急事態を示す表示があるという。それが、各駅に立てられる旗で、五色の旗が立つと、『皇帝が発令した非常事態』と言うことになるらしい。各駅は、物見櫓から、隣の駅の旗の様子も監視している為に、隣の駅で旗が立った瞬間に、自分の駅の旗も立てる。
そして、各駅では、伝令のための馬やら食糧などが、大急ぎで仕度される。そうやって、短時間で各地を結ぶ仕組みを作っていた。この帝華路の仕組みが、游帝国を大陸の覇者にしたのだった。
そして、夜中にたたき起こされつつ、瀋都からほぼ半日で、堋国の湖都に辿り着いたのだった。
公主府にて馬車に休んで貰い、娃琳と鴻は着替えもせずに登城する。
国王に謁見を果たした娃琳の姿は、あちこち血で汚れていたが、娃琳は気にしなかった。大広間に通された、娃琳と鴻は、『游帝国女帝の勅使』として派遣されているので、二人が、黄金宮の大広間に現れると、
「游帝国勅使殿のおなり! ……仙花大女皇帝陛下に拝礼!」
の号令が掛かって、そこに居ない仙花大女皇帝に対して「仙花大女皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳!」の声が高らかに響いた。
その中を、鴻と娃琳は行く。普段ならば、玉座にいる国王が、玉座の下で、拝跪して待っていた。
「勅使殿には、遠路はるばるお越し頂きまして……」
国王の言を遮って、鴻が勅書を広げて、宣言する。鴻が勅書を持っているので、娃琳のほうは、『天糕』を持っていた。勅書は、両端に竜の彫刻の施された棒が付けられた黒地の絹布で書かれる。金泥で書かれた場合は、右筆(代筆をするもの)が書いたものであり、銀泥で書かれたものは、皇帝の宸筆である。
銀泥で書かれた勅書を見せつけながら、鴻は読み上げた。
「堋国国王に、『天糕』を下賜する」
ただ、それだけである。だが、国王は、五体投地するように伏して拝礼して「有り難き幸せに存じます。仙花大女皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳!」と受けた。
「この『天糕』は、游帝国の初代皇帝が、天帝より賜った菓子であり、榔花帝の頃までは、特別な臣にたいして贈られる大変貴重な菓子である」
鴻が説明する中、娃琳が、その菓子を国王に手渡した。
「……書物と、姉上の件、ゆめゆめ、お忘れなきよう」
念を押して凄んでみせると、国王はたじろいだが「無論、こちらとしても、月季殿のことは案じている」と受けてくれたのでありがたい。
「それでは、私たちは公主府へ戻ります」
「では、『盤古禄』は、公主府へ送ることにするよ。まさか、あなたが仙花大女皇帝陛下を引っ張り出してくるとは思わなかったよ」
余の負けだ、と国王は笑った。
公主府へ戻ると、馭者は、のんびりと『五香糕』を食べていた。
姉、月季の為に、毎日これを作るようにと、作方を残していったのだった。言いつけ通り、公主府の料理人は、ちゃんと、毎日、『五香糕』を作っていたらしい。
「すみません、こちらのお邸の女官さんが、下さったもので、つい……」
馭者は、恐縮しているので、娃琳は笑って仕舞った。それでも、五香糕を手から放そうとはしていないのだ。
「ここまで走って貰って助かった。……女帝陛下にお礼を書きたいから、今日は、待ってくれ」
客人ではなく、他家の使用人を宿泊させる場所もあるので、馭者にはそこを使って貰うことにした。
姉、月季の様子も気にはなったが、とりあえず「お元気で、今は、内院を散歩なさっております」という侍女の言葉だったので、顔を出すのは止めておいた。
程なく、皇城から、『盤古禄』が届けられ、早速、娃琳と鴻は、額を付き合わせるようにして、『盤古禄』を確認する。
娃琳の部屋には、大きめの卓子がある。食堂の卓子を使っても良かったが、ほかの史料や辞書を引かなければならないかも知れなかったので、娃琳の部屋になったのだった。
『古来、犬を宗廟に供えることもあったが、犬食は禁忌とされ、豚や魚などが備えられるようになった。また、花や果物、菓子などを備える風習が根付き、滷の時代には、青女、地母、花神に捧げる為の特別な菓子があると言う記述を『盤古禄』に見たことがある』
その記述を信じて、今までやってきた。ここで、特別な菓子とやらが見つからなければ、困ったことになる。
(鴻は、雑琉の民が人質になっていると言っていた……)
だからこそ、一刻も早く、『盤古禄』を探さなければならない。指で一行ずつ辿るようにして、二人は注意して『盤古禄』を見る。
二人で、『盤古禄』を見始まってから、一刻もした頃だった。
「娃琳、これを見てくれ!」
鴻が、声を上げた。鴻の指先には、『青女』の文字があった。青女は、雪を降らせる冬の女神である。
「ああ、確認してみよう。どれどれ……」
滷国の王朝では、神に菓子を捧げる習慣があった。青女に捧げたのは『雪華酥』、地母に捧げたのは『神花羹』、花神に捧げたのは、『大耐糕』である。
但し、古くは『双甘麺』を捧げるのが普通だった。滷より古い時代には、この菓子と似た意味を持つ菓子があり、それは、『真実を告げる』と言われており、現在でも、祭りの時に食される。
「真実を告げる菓子……」
「ああ……しかし、どこに、作り方と名前が載っているんだ?」
鴻は、焦って、『盤古禄』の頁を繰っている。「……『雪華酥』と『神花羹』『大耐糕』はあるのに……」
「いや、ちょっと待て。私は、この『双甘麺』という言葉を聞いたことがある。鴻、あなたが、どこかの本で見つけた菓子ではなかったか?」
娃琳は、記憶を呼び覚ますようにトントンと額を指先で叩いていた。
「そう……だったか?」
「そうだよ。たしか、『五香糕』と一緒に、掲載されていたのではないか?」
「『五香糕』……」
鴻は、小さく呟く。そして、「あ!」と声を上げた。
「そうだ。確かに書いてあった。ちょっと待ってくれ。書物を持ってくる!」
鴻は、大急ぎで、娃琳の部屋を出て行った。
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