大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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第二章 菓子を求めて游帝国へ

鴻の不機嫌

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(気まずい……)

 馬車に揺られながら、娃琳ゆりんはそう思った。昨日の浴室での事件から、こうは一言もしゃべってくれない。

(確かに、私の配慮が欠けた―――でも、私だって、男の身体のことなんか知るか! 正真正銘の処女おとめなんだぞ!)

 罵りたい気持ちを押し殺す。鴻は、肘掛けに肘をついて、明後日の方向を向いている。目も合わせてくれない。

(いや、私だって、目が合ったら、それはそれで困るけど!)

 そう。二人は今、馬車に乗っていた。『翡翠池ひすいち』の、管理人の老婆はすぐさま麓の役人を呼んでくれた。そして、その際に、娃琳は銀の羽を使って、書簡を女帝まで届けて貰ったのだった。それが、朝一番。

 書簡にくくりつける羽の色は、皇族のみが使用できる『金』、諸国王の使うことが出来る『銀』、そして游帝国高官が公用で使用する『黒』、游帝国高官が私的に使用を許可されている『紺』、戦の時に、戦地の派遣将軍が用いる『赤』……など用途によって、使い分けられている。

 うっかり銀の羽を取り出した娃琳のせいで、簡単に身分がばれた。

「こ、これは……ほう国の大長公主殿下と、雑琉ざいるの王子殿下……、書簡はすぐにでも……お申し出下されば、ご滞在の折の警護は引き受けましたものを……」

 役人の顔からは、完全に血の気が引いていた。無理もない。ここで、もしも、娃琳と鴻に怪我でもあれば、この役人のせいにされかねない。

「いや、済まないね。……人目を忍んでいたんだ」

 鴻の言葉を聞いた、管理人の老婆が、いきなり、涙を流しながら、娃琳の手を取った。

「あんたら……国が違うから、人目を忍んで駆け落ちしようとしたんだね……。つらいねぇ」

 いや、そうじゃない……と娃琳は反論する気もなかった。そして、鴻も、反論しなかった。

 書庫から引っ張り出して、鴻が褥の下に隠していた書物を漁ってみたが、やはり、『天糕てんこう』の作方レシピはどこにも見当たらない。

 途方に暮れているところに、馬車が到着したのだった。女帝が、差し向けてくれたものだという。

 女帝への手紙には、『天糕という菓子の作り方を探しているので、游帝国の大書楼の閲覧許可を頂きたい』と書いていた。それだけで、馬車が来るとは思いもよらずに、娃琳は、圧倒された。

 書簡を送ったのが、娃琳だった為か、馬車には、一人女官が付いた。

「大長公主殿下、こちらへ………。陛下がお待ちでございます」

 娃琳と大差無い年齢に見える女官は、きん鳴鈴めいりんと名乗った。娃琳は、その名に聞き覚えがあった。女帝が実家、ねい家から連れてきた侍女で、皇太子妃、皇后、皇帝と出世した主の片腕として仕えていたはずだった。

「現在、『帝華路ていかろ』(皇帝専用道路)を使用しておりますので、皇城まで、半刻もあれば辿り着きますわ」

 荷物は馬車に載せてくれ、馬については、靡山の役人達が、曳いてきてくれることになって居る。大掛かりな事になってしまったことを後悔しているが、それは仕方がない。

「それは有り難い。……それで、大書楼の閲覧は許可して下さるだろうか」

「それは、陛下にお尋ねなさいませ」

 にこり、と鳴鈴が笑う。一瞬、彼女の言葉を聞き流してしまいそうになって、「は?」と娃琳は声を上げていた。

「陛下が、謁見して下さると?」

「左様でございます。堋国と雑琉国から、それぞれ大長公主殿下と王子殿下がおいでなのですから、当然のことです」

 思わず、鴻と顔を見合わせた。今日初めて、鴻が目を合わせてくれたことを嬉しく思っていると、すぐに、鴻がふい、と目をそらす。

「あら? お二人は……、喧嘩でもなさったのですか?」

 鳴鈴に聞かれて、困ったが「殿方は、無口なものですわ」などと、口から出任せを言って、誤魔化した。

「まあ、そうですわよねぇ! 殿方って、急に無口になったりして、本当に、なにを考えて居るのか解らないのですもの! 困りますわよねぇ!」

 鳴鈴は娃琳に賛同してくれたが、おそらく、娃琳の下手なごまかしに乗ってくれただけだ。

(いたたまれない)

 とにかく、いたたまれなかった。胃がきりきりと痛むのを感じ始めたとき、とんとん、と鴻に腕を突かれた。何かと思って見ると、耳を貸せというような仕草をするので、近づく。

『……多忙な女帝が、ただで謁見して下さると思うなよ』

 どういうことかと、目で問い掛ける。

『予言のことは、話すな』

 鴻が一番言いたかったのは、それらしい。解ったという意味を込めて頷くと、頬に一つ、口付けされた。

「まっ!」

 ぽっと顔を赤らめて鳴鈴が両手で口元を覆う。乙女のように仕草に、娃琳の方が恥ずかしくなる。

「まあ! お二人は恋人なのね! ……そんな話は聞いていなかったけれど……まあ、お似合いだわ!」

 一人で盛り上がる鳴鈴に、やはり、胃がきりきりと痛むのを感じながら、娃琳はギッと目の端で鴻を睨み付けた。

(内緒話の偽装なのは解るが、今の、必要かっ!)

 鴻は、涼しい顔で、明後日の方を向いている。
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