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第二章 菓子を求めて游帝国へ
天帝から賜った特別な菓子。
しおりを挟む游帝国の初代皇帝の伯父、太祖王君こと瀛昭は、靡山にて神使である龍に出逢った。
神使である龍は、麗しい乙女の姿をしており、太祖王君と一目で恋に落ちる。
その、恋の語らいの場所になったのが、この靡山であった。
翡翠池と呼ばれる温泉にて、生まれたままの姿―――龍の姿を見せたが、太祖王君の心は変わらず、二人はここで結ばれる。
二人の華燭には、游帝国の初代皇帝の父である瀛妄と、その妃が立ち会ったと言うが、その際に、天帝から二人の華燭を祝して贈られたのが、『天糕』である。
この菓子は、皇帝が臣に特に寵愛を示すものとして珍重され、榔花帝(二代皇帝)の頃までは、下賜した記録が残っているという。
「それでは、あとは、この『天糕』の作り方を探すほかないな。娃琳、なにか、作法の書かれた書物はなかったのか?」
娃琳が簡単に説明を終えると、鴻が身を乗り出して聞いた。娃琳は、三冊の書物を差し出しながら鴻に言う。
「個別には見ていないが、多少、あったよ」
「あったのか……」
「ああ、あった……だから、この三冊の中に、『天糕』の記述があるかを確認しなければならない。だが、流石に、今日は遅い。明日の朝一番にやって、あとは、村で話を聞いてみた方が良いだろう」
娃琳の提案に、「そうだね」と鴻は納得して、書籍を大事そうにぎゅっと抱えた。
「その中に、『天糕』の作法あればいいんだが……もし、なかったら、堋国に戻って大書楼で確認するしかない。……もし、游帝国の大書楼に立ち入ることが出来るのならば、そのほうが、『天糕』の作法が見つかる可能性はあったのだが……」
堋国の国王経由で頼んでも、おそらく、時間が掛かる。
「まあ、なんとかなるさ」
鴻が、ぽん、と気楽に肩を叩いて、書庫を出る。なぜか、いつまでも、その感触が、肩に残った。
一足先に寝室に向かった鴻は、先ほどの書物を、寝台の褥の下に隠しているところだった。
「何をしている?」
「ん? ……一応、賊が来たら大変だからね。この村に、あの男達は入り浸ってるみたいだから、村の者たちが俺たちに味方してくれるとは思わない。あの男たちは、あれで、この村にとっては、大事な客だろう」
飲み食いして銭を落として居る以上、客と言うことだ。それならば、同じ客でも、長く逗留するあの男達と、一見の娃琳たちとでは、どちらを大事にするか、明白だった。
「嫌なことだな」
「全くだ」
お互いに溜息を吐く思いでいたが、「そろそろ、名物の浴室に行くか?」と鴻が聞くので、うっかり娃琳は「ああ」と答えていた。鴻が、驚いた顔をしているのに気がついて「どうした?」と聞いてから、娃琳は気がついた。
今まで旅の間は、別の部屋だったし、浴室はなかったので身体を吹いて清めたくらいだ。
(皇帝の浴室なら……、一緒に入ると言うことだろうが!)
「あ……いや、そういう、変な意味ではなくて……折角ここまで来たんだし、浴室を使うのも悪くはないと思っただけで」
しどろもどろになりながら弁明しているが、何か、やぶ蛇な気もする。
「いや、悪かったよ。でも、浴室を使うなら、朝にしよう―――夜の間は、用心しておいた方が良い」
「あ、うん……じゃあ……休むか」
しかし、どうやって鴻の前で夜着に着替えようかと、娃琳は思案する。先ほどの書庫で着替えてこようかと考えて居たときに、「服は着たままで」と鴻に指示された。
「それも……強盗対策か?」
「勿論。夜着のままで、立ち回りは出来ないよ」
鴻は剣を枕と褥の下に入れながら言う。
「娃琳……あなたにも、使わないと良いが、守り刀」
渡されたのは、宝石や黄金で飾られ、反りがある美しい刀だった。それを受け取った娃琳は、ずっしりとした刀身の重みに、どこか、浮ついていた気持ちが押しつけられるように沈んでいくのを感じる。
「いざとなったら、振り回して逃げるよ。私には、鴻の手助けは無理だ」
「うん。だが、一人にはならないで。敵を近づかせない為だけに使ってくれ」
こくん、と頷く。だとしたら、壁を背に、遮二無二刀を振り回すのが関の山だが、鴻は、それで良いと言うのだろう。
「さ、寝るか」
「寝られると良いな」
鴻の返事がなかった意味に、娃琳が気がついたのは、一緒の寝台に上がったときだった。
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