大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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第一章 珍奇で美味なる菓子

不吉な知らせ

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 国王の謁見は、中食の間だけという制限だったので、娃琳ゆりんこうを伴って、大急ぎで黄金宮の国王の私室へ向かった。

 国王は、本日は、朝議が長引いた為、午餐をとる時間がなく、仕方がないので軽い中食だけを取ると言うことだった。

 中食には、饅頭のほかに、粽や麺など、本来ならば『甜食スイーツ』に分類される品が出されていた。本当に、軽い食事なのだろう。

「陛下、失礼を」

 娃琳が食膳の傍らで拱手すると「娃琳か」と彼女に視線だけ向けてから、そう呟いた。

 本来、国王と雖も、大長公主である娃琳のほうが『叔母』という立場上、敬われるべきだが、何分、娃琳は国王よりも三十歳も年若い。娘のような感覚でいるのだろう。

「席に着きなさい。話は聞いている。そちらの、客人も」

 国王は、鴻にも席を勧めた。

「お前達も、昼食は、まだだろう。食べるがよい」

 テーブルの上に並べられた食事を見て、鴻が感嘆の溜息を漏らす。

 真っ白でふんわりとした饅頭は、熱々なのだろう。もくもくと白い湯気を立てていた。それに、笹の葉に包まれたちまき。幅広くちゅるんとした滑らかな食感が特徴の麺に野菜と肉などで作った汁を掛けた水滑麺すいかつめん。肉餡を薄くのばした皮で包み込んだ昆飩こんとん。混沌は、油で揚げたものだった。

 それに、薫り高い茶が用意されて、席に着くなり、娃琳と鴻にの茶碗にも注がれる。

「どれも、温かい内に食べた方が良い」

「それでは、頂きます」

 娃琳は、饅頭に手をのばす。もはや、娃琳は、これを美味しそうだと思うことはなかったが、温かくて柔らいな皮の感触だけは、心地よかった―――それも、口の中に入れると、何の味もしないものだから、ただ、苦痛なだけで、丸めた暖かな薄紙をんでいるようだった。

「あいかわらず、あなたは、まだ、何の味も感じないのだね」

 それを、確かめる為に、この場をもうけたような口調だった。

 国王は、黄色地に、鮮やかな花鳥などの紋を施した美しい茶器を手に取って、口元に近づける。

「私が、味を感じることは無いと思います。……けれど、食事そのものが出来ないわけではないのですから……、治らない感冒にでも罹ったと思えばなにもおかしな事はないでしょう」

「治らない感冒というのを、余は見たことがないがな」

 こちらも、粽を手に取ってから、呟く。

「そちらの雑琉からの客人。……あなたのことは、雑琉王から紹介状が来ているよ」

「え、そうだったのですか? 鴻も、紹介が届いているというなら、一言教えてくれれば良かったのに」

 それならば、話は早かっただろう。

「いや、俺も……今、知りました。まさか、王が、紹介状を出して下さったとは……」

「なに、雑琉王も、なかなかしたたかなものだよ。……ついでにもたらされた情報のおかげで、我々は、ここまで長引く話し合いをしなければならなかった。
 それで、直接、あなたから話を聞きたくてね」

 兄も、中々食えない人物だな、と娃琳は思う。

「もたらされた情報……というのは?」

「なんでも、簒奪を企てているものが居るらしくてね。……とりあえず、一報は、游帝国へ打ったが……さて、あの女帝がどう動くか、余には解らぬよ」

 ふと、娃琳は、遊嗄ゆうさとの別れしなのことを思い出した。


『あなたのことを迎えに来ることは出来ないけれど、何かあったら、この金の羽を使いなさい』


 金の羽をつけた書簡は、皇帝専用道路である『帝華路ていかろ』を最速で行く。各駅ごとに早馬を乗り捨てて、游帝国へ脇目も振らずに飛ぶのだ。そう。まさに、飛ぶ、と言って差し支えのない速度である。

 游帝国までの道のりを、たった半日で行く。

 貴重な金の羽は、皇族だけが持つものだったはずだ。

 娃琳は、その金の羽を一度も使ったことはなかった。連絡するようなこともなかったし、連絡する相手……遊嗄自身、若くして病死している。

「さて、お客人……鴻殿と言ったかな? あなたは、その、簒奪を止める為に、ここに来たと、考えて良いのかな?」

 粽をじっと見つめて居た鴻が、顔を上げた。

 
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