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72.わたくし、失敗しましたわ
しおりを挟むわたくしの部屋に引き上げて、香散見さんに円座を勧める。
香散見さんは、わたくしの部屋をあちこち見ているので、なんだか落ち着かない。
「そんなに御覧にならないで下さいませ。……急なことですから、片付けも間に合わずに、むさ苦しいところです」
「あら、そう? アタシ好みだけど?」
男装束のまま、女言葉をお使いになるのは、ちょっと違和感がある……。わたくしの表情を汲んで下さったのか、香散見さんは、居住まいを正して、仰せになった。
「廊下で……あなたは、少し、態度がおかしかった」
「はい」
とわたくしは、答える。なんと申し上げて良いのか解らなかったけれど……。
「東宮殿下の弟宮さま……、二の宮さまが、東宮殿下を睨み付けておいででした」
「二の宮が?」
東宮殿下は、訝しむ。それはそうだろう。いまから得度して出家することが決まっているという方だ。
「見間違いではないのだね?」
香散見さんが、念を押す。わたくしは、こくん、と頷いた。
「東宮殿下も、二の宮さまも、何度か、当家にてお顔を拝見しております。ですから、間違いありません」
「う……む……」
東宮殿下は、顔を顰めて、額に手を当てていらっしゃった。こうして居ると本当に、男の方なのだと、実感する。だけど、いつもの、女房姿のほうが、わたくしは好き……。
「二の宮と、五の宮と右大臣が、グルということ……なのかな?」
「わたくしが見た限りですと、そうなります」
わたくしは断言する。けれど、ちょっと、よく解らないのは……本当に、あの方たちは、高御座に上がる覚悟があるのかしらと言うこと。なんだかり五の宮さまが高御座に上がっても、二の宮さまが高御座に上がっても、どちらにせよ、あんまり、良い結果にはならなくて、結果、国が乱れそうな気がするけれど。
そうなったら、暗躍するのは、うちの父さまのような気がするから、本当に、止めて頂きたい。
「実の弟に、命狙われるのは、ちょっとクるわね~」
いつもの女言葉に戻って、香散見さんは、ごろんと床に寝転がった。
わたくしを、手招きするので近づいて行くと、ぐい、と手を引かれた。床の上ではなく、香散見さんの、暖かな胸の中に閉じ込められて、わたくしは、思わず、存外逞しい香散見さんの胸に顔をすり、とすり寄せてしまった。
「……あら、アンタ、子猫みたいね。可愛いわ」
ちゅ、と額に口づけを落とされて、わたくし、ちょーっと、とんでもないことに気がつきましたわよ。
わたくしも。
香散見さんも。
現在、男装束! これでは、東宮殿下が側近の男の子を誑かしているようにしか見えないじゃない!
わたくし、いそいで、離れましたわ。
「もー、なによっ?」
「わ、わたくしたち、男装束ですのよ!」
わたくし、失敗しましたわ。この言い方じゃ、女装束だったら、このまましても大丈夫だった……と言ってるみたいだと言うことに、口にしてから気がつくなんて。
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