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56.わたくし結構、嫌いじゃないわ
しおりを挟む右大臣………が、五の宮さまと計って、東宮殿下を襲いに来る……?
もう、いったい、なんてこと!
「右大臣かぁ……あの人、地味だから、全く見当付けてなかったわよ。困った困った」
「で、どうするんですか、香散見さんっ!」
「まあ、少し考えましょうよ。……東宮(偽)は、なんとかなるわよ。周りに、屈強な近衛だの衛士だのがいるから。というと問題はアタシたち」
「ええ。早く戻りましょう!」
わたくしは急かして香散見さんの腕を取ったけれど、香散見さんは、全く気にも留めていないご様子だった。
「香散見さん?」
「うん、良いこと考えたわ。潜入しましょう。……道に迷ったか弱い女二人と言うことにしましょう。悪いけど、高紀子、アンタ、アタシの女房やりなさい」
「えっ? ええっ……そんな、無理ですわよっ!」
香散見さんは、わたくしの手を引いて牛車から降りる。
「ちょっとアンタ。牛、放すから、逃がすんじゃないわよ!」
牛飼童に呼びかけて、香散見さんは、牛を放してしまった。闇夜に、のそのそと牛が歩き出す。
「え? ……一体、どうしたんですかっ! とにかく、僕は牛を追いますっ!」
慌てた牛飼いが追いかけていく。
なんともまた、不幸なことに、牛は、のそのそと消えていく。
「さあて、そうしたら、いくわよ、高紀子」
そして、香散見さんは、牛車を足蹴にして車輪一つを壊してしまったのだった。
派手な音を立てて、牛車が傾ぐ。
その音に気がついた、五の宮さまの邸の者たちが、駆け寄ってきた。
「なんだ。どうしたんだ?」
わたくしは、もう、本当に、不本意ながら、扇で香散見さんの顔を隠した。だって、高貴な『女性』だから、顔を隠さないとねぇ。
でも、ほんとうは、わたくしが顔を隠したかったわよ。
わたくし、顔を晒したことなんて、ほんとうに数えたほどしかないのだから!
けど、わたくしは、現在この方に仕える『女房』という設定にされてしまったのだし、本当に不本意ながら、香散見さんの芝居に付き合うことにした。だって、仕方がないわ。この方、見てくれだけならば、少し長身の女の方(その上美人)にしか見えないけれど、これが、口を開いたら、声ですぐバレますもの!
駆けつけた下男達に、わたくしは申し上げました。
「……こちらは、さる、高貴な姫ですが……、東宮殿下が、この近くにおいでになったと聞きまして、お見舞いに伺うところ、牛に逃げられ、牛車も壊れて、牛飼童も去ってしまったのです。
不躾ながら、そろそろ日も沈みましたので、もし、よろしければ、そちらのお邸にて宿をお借りできないでしょうか」
「まあ、それはお気の毒な……、女性だけで、そちらに居るのは大変でしょう。今、主に、聞いて参ります」
親切な下男が、邸の中へと舞い戻っていく。
わたくしは、まずは、ホッとしました。確かに、この方法なら、潜入も簡単かも知れないわ。
「アンタも、中々やるわね」
香散見さんは、わたくしの頬に口づけをする。それ、結構、嫌いじゃないわ。
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