上 下
9 / 106

09.わたくし、騙されていませんか?

しおりを挟む


 東宮殿下は、あのあと、わたくしをすぐに解放して下さった。

「アンタが怖がって逃げられても困るしね~」

 という仰せだったけれど、とにかく、東宮殿下に最後まで求められなかったことには、私は安堵した。

 けれど、もう、帝からの勅許は出ている。つまり、もう、わたくしは、東宮殿下に入内することが確定して居る。このことを、わたくしは、どうやって実敦さねあつ親王にお伝えすれば良いのか、解らなかった。

(だって、親王殿下は、わたくしのこの裏切りを、お許しになるはずがないわ……)

 いえ、きっと、いっそ、許して下さらなければ良い……と、わたくしは身勝手なことを思う。あれほどまでに、心を寄せて下さった殿方と結ばれることがなかったわたくしは、きっと、前世で悪い行いでもしたのでしょうと、思うことにした。

 東宮殿下の思し召しにより、わたくしは、『方角が悪い』との名目で、実家さとには帰れないと言うことになった。つまり、宮中に宿泊するようにとの仰せ。

 そして『女同士』ということで、わたくしは凝花舎ぎょうかしゃの東宮殿下の局に止まることになってしまった。

 中宮さまに、それは勘弁して頂きたいと申し上げたのに、こっそりと耳打ちで、

「どうせ、入内するのよ。あまり、深く考えない方が良いわ……わたくしも、主上おかみの御寝所にお仕えしてから、入内が決まったのよ?」

 などと、わたくしにはどうでも良いことを教えて下さった。

 夜着のしたくもないから、それは、すべて東宮殿下から女物をお借りすることになっている。

「ああ、アンタが来てくれて、助かったわ! ……いままで、隣の殿舎から女房を呼びつけてたのよ。まさかアタシの室を呼び寄せるわけには行かないしね」

 東宮殿下は、楽しげに仰せになりながら、長櫃ながびつの中を確認して、小袖やら装束やらを引っ張り出す。これは、わたくしのため……のものかしら?

「殿下……こちらの品々は……?」

 次々と、長櫃から引っ張り出される衣装。色とりどりで、色の洪水。藤を思わせる深い紫、連翹れんぎょうの黄色。梅の紅に、桃の花の淡い桃色。若草の緑……など、どれも美しい花木の色のようで、まるで、花咲き乱れるという、冥界にでも行ったと思うほどに、美しかった。

「ほら、アンタが来たことだし……アタシたち今から、『東宮付の女房』ってことになるから。だから、女房装束一式必要なのよ。アンタも、宮中きゅうちゅうで視てたでしょ? 女房達は、みんな、女房装束だったでしょ?」

「東宮殿下……って、あなたのことじゃありませんか」

「そう。東宮殿下は、まだ、病があつくて、御帳台ベッドから、出られないほどだ……ということにしておいて、あとは、アタシ達がお側でお仕えしているような感じね。それならば、バレないわ」

 あたりを窺うように言った東宮殿下は、わたくしににこっと笑いかける。

「それはわかりましたけれど……、本当に、二人きりなのですか? 女房に付いていて貰うことも出来ませんの?」

 なんの心の準備もしないまま、この方の寝所に引き込まれるのは、とても嫌だわ、とわたくしは思う。

「そうよぉ。だって、アタシたち、同僚同士ただの、女房ってことにしてあるの。……女房に女房が付くなんてヘンでしょう?」

「それは……」

「大丈夫よ。……アタシは約束を守るわよ? だから、安心なさい。初夜まで、アンタには手を出さないわ」

 東宮殿下は、キッパリと仰せになった。女房装束を着ているというのに、その東宮殿下は、とても、毅然としていて、男らしいものだった。

「じゃあ、安心してよろしいのですね!」

 わたくしは、ホッとした。なんの心の準備もないままに、装束も調度もないままに、枕を交わすなんて、絶対に嫌だったのですもの。わたくしは、多分、安心しきった顔だったのだと思う。そのわたくしの耳を、そっと口唇で挟み込んでから、東宮殿下は仰せになった。

「大丈夫よ。アンタのことば、初夜まで抱かないわ。その代わり……今日から、アタシが一晩中抱いていて上げる」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

十六夜の月の輝く頃に

鳩子
恋愛
十二単を身に纏った女性たちが、わらわらと宮中や貴族の邸に仕える今日この頃。 恋多き女として名高い宮仕えの女房(侍女)の中将は、 同僚から賭けを持ちかけられる。 「いいじゃない。あなた、恋は、本気でするものじゃないんでしょ?   あの、朝廷一の真面目な堅物を、落としてみなさいよ。上手く行ったら、これを差し上げるわ」 堅物として名高い源影(みなもとのかげい)と中将の恋の駆け引きの行方は……?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

この恋に殉ずる

冷暖房完備
恋愛
バイト先で出会った10歳年上の彼。 仕事ができてクールな大人の男!! そう思って密かに憧れていたけど、ちょっと待て!! こいつ性格に少々難ありじゃね!?Σ(゜Д゜) そう気づいたけど、時すでに遅し!! どっぷり浸かって抜け出せなくなってた(泣) もう、この恋心と心中するしかないね!! 誰か!! 骨だけは拾ってね~(号泣)

処理中です...