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102.わたくし、そこが可愛いと思いますわ!(主張)

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 主上のご様子は、正直心配なのだけれど……、香散見かざみさんに言っても、全く相手にしないだろうから、仕方がなく、お父様にお願いして、典薬を呼んで頂く。

 典薬が言うには、

『御所から離れてお過ごしゆえ、心労があるのでしょう』

 ということで、気の巡りをよくする薬湯などを出して頂いたので、少しは安心した。

 なにやら、忙しく立ち回っている間に、秋になって、修復成った新しい御所へと引っ越しわたましが決まったので、わたくしはホッとしている。

 それにしても、引っ越しの仕度やら、主上への引っ越しのお祝いだとか、もう、それはそれは用意するものが膨大で、わたくしたちは目まぐるしくって溜まらなかったのだけれど。

 これで、香散見さんが、もう少し、強力してくれたら……とわたくし、途方に暮れておりましたら、当の本人は、至極暢気に「あたしは、もうちょっと、ここに居たかったなぁ」というので、本当に腹が立ちましたわよ。

 香散見さんの代わりに、東宮殿下として働かされていた、うちの兄様が可哀想だとか、一瞬も考えた事がないに違いないわ!

 本当に……わたくし、この方の所に入宮して良いのかしら……と、本気で首を傾げてしまう。

 わたくしも、香散見さんに惚れてしまいましたし、今更引くに引けないから、詮方ないことは言わないけれど……。

高紀子たかきこ~、アタシ、もうしばらくここに居たいわ~」

 などと仰せになる香散見さんに、わたくしは、溜息しか出ない。

 結局、御所に火を掛けたり、東宮殿下のお命を狙っていたのは、誰だったのよ! とわたくしは問いたいけれど、香散見さんにそんなことを申し上げてもムダなのはわかりきっているので、とりあえず口をつぐんでおきましょう。

「東宮殿下が、御所にいなくてどうするんですっ!」

「別に、アタシは梅壺貰ってるだけだもん、いいじゃない~」

 東宮殿下としては―――香散見さんは、御所内の梅壺に殿舎を賜っているという形である。従って、現在の東宮御所は、梅壺と言うことになるのです。本来、こうして御所を賜った東宮ならば、まつりごとをなさるはずなのだけれど(その為に、わざわざ殿舎を賜るのだから!)、香散見さんは、一向に、、政に参加なさらない。

 百歩譲って、それが暗殺を防ぐ為だというのならば……あえて、政に興味のないような素振りをなさっているのも、良いことなのかも知れないけれど。

「とにかく! 当今様と同じように、引っ越しいたしますわよ!」

 このまま、多分、香散見さんは、強引に押し切ろうとしても勝手に推し戻るだろうから―――少々(本当はとっても)恥ずかしいのだけれど、私は、香散見さんに、こう囁いた。

「わたくしを、貰って下さいませんの? ……香散見さんが、御所へお戻りにならないと、わたくし、いつまで経っても、入内出来ませんわ」

 本当に恥ずかしくて、顔から、火が出そうだったけれど、香散見さんは、思いの外、単純にお喜びになった。

「やっだぁ! 高紀子ったらっ! 絶対、早くアンタを迎えたいわ。うん、今すぐ、引っ越しましょ! そして、二人だけの結婚式をするの」

 香散見さんは、単純だけど、ちょっと単純すぎるのよね。



 でも、わたくし、そこが可愛い……とか思ってしまう。
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