上 下
83 / 106

83.わたくし、香散見さんが心配です

しおりを挟む



 香散見かざみさんの、日中の動きは、全く以て謎だった。

 なんというか……不思議な事なのだけれど、わたくしの部屋にいらっしゃるのかとおもえば、そうではないらしい。ちなみに、東宮殿下(偽)……つまり、わたくしの兄上は、まだ、『東宮殿下(偽)』をやっているので、わたくしの部屋で、日中は過ごしているらしい。

 というか、うちの邸の女房達ならば、みんな、に気がついているだろうけれど、そのあたりのことは、口にしないようになって居るらしい。まあ、ある意味、懸命である。

 それはともかくとして、香散見さんは、夕餉前には戻っている。

 わたくしのほうが、帰りが遅いくらい。

 なにせ、主上の仕事量は、半端じゃない。

 とにっかく、膨大な量の書類を見て、それを裁可なさるのだけれど……、わたくしのような女房や(本来ならば、尚侍という官職の女官がやるのだけれど)、蔵人(天皇の秘書)などが、裁可が上手く回るようにと、あれこれ差配しなければ、絶対に回らないだろう。

 というわけで、わたくしの一日は、とても目まぐるしかった。

 朝から晩まで書類書類……主上のお食事の折には、陪膳(ようは、給仕です)しなければならず。

 自分の食事は、二の次という状態だったので、明日は、夜明け前から、強飯こわいいをバリバリ食べてから仕事に向かわなければ、間に合わない。

 なので、自分の部屋に帰ってくると、ホッと力が抜ける。

 ぐったりしたわたくしは、香散見さんに抱き留められて、「お疲れ様」と迎えて貰えるのは、ちょっと、嬉しいけれど。

「高紀子~、アンタ、なんでよりによって、父上の尚侍よろしく女官やってるのよ」

「直々のおおせですもの。……勿体ないことですわ」

 それは、そう思う。主上から、直々に命を賜るというのは、ほんとうに、滅多にないことなのだ。

「勿体ない……って、あたし達、折角、一部屋で過ごしているのにっ!」

「でも、香散見さん、日中は、どこかへお出かけでしょう? ……わたくしには、どこへおいでになっているか、教えて下さいませんのね」

 香散見さんは、ぐっ、と言葉に詰まったようだった。

「あんたも、痛いところ突いてくるわね……」

 はあ、と大仰に吐息してから、香散見さんは、わたくしに言った。

「アタシは、二の宮の近辺を探ってたのよ。アイツを穏便に出家させる。それが、アタシが無事で居られる方法なのよ」

 それは、たしかにそうだろう。

「だけど……危ないことはなさってませんわよね?」

「大丈夫よ。ちょっと、潜入してる位だから!」

 潜入という時点で、もう、危ないことをしているのは確定だわ。けれど、わたくしは、お手伝いできないし。

 わたくしは、香散見さんを睨み付ける。

「怖いわよ、高紀子」

「それで、なんとか、なりそうなんですか?」

「するわよ」

 香散見さんは、わたくしに、そう、言い切った。




しおりを挟む

処理中です...