6 / 10
6.六の宮様vs姫様
しおりを挟む
じりじりと対峙する、六の宮さまと、姫様。
ああ、高貴な姫君なのに、下々のように、男に顔をお見せになって!
こうなると、仲裁に関白殿下が来て下さらないかしらと。関白殿下が忍んでおいでだった、対の建屋を見れば、すでに、もぬけの殻。
そういえば、先ほど、文を参らせたのでした。
困った。
非情に、困った。
「宮筋の高貴な方だと思っていれば、なんて、失礼なことをおっしゃるのかしら! 根も葉もないことをおっしゃるのは、おやめ下さいませ!」
姫様は、六の宮さまを、ギッと睨み付けておいでで、私は、正直に申し上げますと、冷や汗が止まりません。
「おや、姫君とも思えない、おふるまいだね。あなただって、あの関白殿下が清らかな手をしているとは、思わないでしょう?」
ふふん、と六の宮さま見下したような、嫌な笑いに胸が悪くなってきましたけれど。
姫様は、わなわなと震えていたと思えば、やおら、拳を作って、叫びました。
「あなたのような、底意地の悪い方には、そう見えるだけで、兄上は、全くの善人です! この世のすべての方が、兄上を悪く言っても、私だけは、信じます!」
さすがは、私の姫様!
この言葉は、心からのものなのです。
あの変質者、もとい、関白殿下をこうして心から信じておいでなのです。この、素直で美しい性格は、宝と言っても過言でないはず!
「そ、そうですか。私には、あの関白が、善人とは思えませんけれど……まあ、そろそろ、風が出て参りましたので、失礼しますよ」
「誰か! 六の宮さまがお帰りよ。お見送りして差し上げて! それでは、ごきげんよう、六の宮さま。私、二度とお会いしたくありませんわ」
六の宮さまの顔が、カアッと赤くなったのは、面と向かって、二度とお会いしたくありませんわなどと、いままで、言われたことがなかった、からでしょう。
その顔を見て、私は、晴れやかな気分で、お見送りを買って出ました。
素晴らしい牛車に乗り込んだ六の宮さまは、車のなかから、私に声をお掛けになりました。
「見たところ、夫はいないようだけど、私の妾になるつもりはないかい? 忍んで逢うのに丁度良い、小さな邸があるのだよ」
神経を疑う!
「まあ……、いま、高貴な花を愛でるのにおいでくださった方の言葉とも思えませんわね」
にこやかに、応対しながら、私は、腸が煮え繰り返りそうになって、もし、これが、お勤めするお邸でなければ、ここで、大殿油をぶちまけて、鮮やかに牛車を火炎車にしてやったところです。
「あの姫様は、可愛らしいけれど、あの通りの、気性の荒いご様子なのでね。そなたのように分別のある、美しい女のほうが、私の好みですよ。宮筋の私の、妾のほうがしがない邸務めより、良いでしょう。さあ」
気がついた時には、牛車の御簾から、にょっきりと腕が伸びて、私の腕を掴みました。
物凄い力で捕まれ、無理矢理、牛車の中に連れ込まれそうになって。
私は、恐ろしくて、声も上げられずに、ただ遮二無二、身体を、よじって抵抗しますが、六の宮さまは、こういう無体に慣れているご様子で、にやにやと笑いながら、私の抵抗を楽しんでいる様子でした。
このままでは、連れ込まれてしまう!
誰か!
叫ぼうとしたけれど、いつの間にか、口は手でふさがれていて、とても、声をあげられるような状況では、ありませんでした。
私は、絶望しながら、誰か! とひたすらに心の、中で叫んでいたのです。
「その女房を、放しなさい!」
聞き慣れた声を聞いて、私は、この時ほど、この関白殿下を、頼もしく思ったことはありません。
関白殿下、助けて!
私は、とにかく、必死で、目で訴えました。
ああ、高貴な姫君なのに、下々のように、男に顔をお見せになって!
こうなると、仲裁に関白殿下が来て下さらないかしらと。関白殿下が忍んでおいでだった、対の建屋を見れば、すでに、もぬけの殻。
そういえば、先ほど、文を参らせたのでした。
困った。
非情に、困った。
「宮筋の高貴な方だと思っていれば、なんて、失礼なことをおっしゃるのかしら! 根も葉もないことをおっしゃるのは、おやめ下さいませ!」
姫様は、六の宮さまを、ギッと睨み付けておいでで、私は、正直に申し上げますと、冷や汗が止まりません。
「おや、姫君とも思えない、おふるまいだね。あなただって、あの関白殿下が清らかな手をしているとは、思わないでしょう?」
ふふん、と六の宮さま見下したような、嫌な笑いに胸が悪くなってきましたけれど。
姫様は、わなわなと震えていたと思えば、やおら、拳を作って、叫びました。
「あなたのような、底意地の悪い方には、そう見えるだけで、兄上は、全くの善人です! この世のすべての方が、兄上を悪く言っても、私だけは、信じます!」
さすがは、私の姫様!
この言葉は、心からのものなのです。
あの変質者、もとい、関白殿下をこうして心から信じておいでなのです。この、素直で美しい性格は、宝と言っても過言でないはず!
「そ、そうですか。私には、あの関白が、善人とは思えませんけれど……まあ、そろそろ、風が出て参りましたので、失礼しますよ」
「誰か! 六の宮さまがお帰りよ。お見送りして差し上げて! それでは、ごきげんよう、六の宮さま。私、二度とお会いしたくありませんわ」
六の宮さまの顔が、カアッと赤くなったのは、面と向かって、二度とお会いしたくありませんわなどと、いままで、言われたことがなかった、からでしょう。
その顔を見て、私は、晴れやかな気分で、お見送りを買って出ました。
素晴らしい牛車に乗り込んだ六の宮さまは、車のなかから、私に声をお掛けになりました。
「見たところ、夫はいないようだけど、私の妾になるつもりはないかい? 忍んで逢うのに丁度良い、小さな邸があるのだよ」
神経を疑う!
「まあ……、いま、高貴な花を愛でるのにおいでくださった方の言葉とも思えませんわね」
にこやかに、応対しながら、私は、腸が煮え繰り返りそうになって、もし、これが、お勤めするお邸でなければ、ここで、大殿油をぶちまけて、鮮やかに牛車を火炎車にしてやったところです。
「あの姫様は、可愛らしいけれど、あの通りの、気性の荒いご様子なのでね。そなたのように分別のある、美しい女のほうが、私の好みですよ。宮筋の私の、妾のほうがしがない邸務めより、良いでしょう。さあ」
気がついた時には、牛車の御簾から、にょっきりと腕が伸びて、私の腕を掴みました。
物凄い力で捕まれ、無理矢理、牛車の中に連れ込まれそうになって。
私は、恐ろしくて、声も上げられずに、ただ遮二無二、身体を、よじって抵抗しますが、六の宮さまは、こういう無体に慣れているご様子で、にやにやと笑いながら、私の抵抗を楽しんでいる様子でした。
このままでは、連れ込まれてしまう!
誰か!
叫ぼうとしたけれど、いつの間にか、口は手でふさがれていて、とても、声をあげられるような状況では、ありませんでした。
私は、絶望しながら、誰か! とひたすらに心の、中で叫んでいたのです。
「その女房を、放しなさい!」
聞き慣れた声を聞いて、私は、この時ほど、この関白殿下を、頼もしく思ったことはありません。
関白殿下、助けて!
私は、とにかく、必死で、目で訴えました。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
十六夜の月の輝く頃に
鳩子
恋愛
十二単を身に纏った女性たちが、わらわらと宮中や貴族の邸に仕える今日この頃。
恋多き女として名高い宮仕えの女房(侍女)の中将は、
同僚から賭けを持ちかけられる。
「いいじゃない。あなた、恋は、本気でするものじゃないんでしょ?
あの、朝廷一の真面目な堅物を、落としてみなさいよ。上手く行ったら、これを差し上げるわ」
堅物として名高い源影(みなもとのかげい)と中将の恋の駆け引きの行方は……?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる