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5.姫様、初デート! しかし・・
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さて、お文を差し上げたのは、お三方。
中務卿のご子息、忠宗さま。
宮中にて、胡蝶の舞が優れていたことから、胡蝶の少将さまと言われる方。
いつの間にか宴に紛れ混んでいた(中納言さまのお友達らしい)、六の宮さま。
「この中なら、六の宮さまが一番かなあ」
などと仰せになるのは、関白殿下で。姫様は、兄君の意見を素直にお聞き遊ばして、
「では、六の宮さまと、お会いしてみた方が良いかしら」
などと仰せになりましたので、様々段取りいたしまして、お会いすることとなりました。
私としては、あの中納言様のお知り合いという点で、多少の不安は残りましたが、姫様が、前向きなお気持ちになったのは、何よりです。
六の宮さまは、その通称の通りで、前帝の六番目の皇子さま。
いまの帝は、即位して間もない二十八歳のわりに、お子様に恵まれず、更衣などの下位の后は迎えておられたようですけれど、中宮などの位を賜る方はおられないご様子。
そういえば、うちの姫様は、望めば帝の后―――それこそ、女御や中宮という高位の后にお立ちにることも可能でしょうし、政治的な意味で言っても、関白殿下の為になりそうなものなのに、『入内』という話は今まで出ませんでした。
あの、シスコンが、不思議なことですけれど。
そうこうしているうちに、陽も傾いて、ついに、六の宮さまがおいでになりました。
とはいえ、本日は、ただのデートのようなものです。気楽に……と思っていると、案の定、対の建屋から、関白殿下がガン見しているのが解って、私は、頭痛と軽い眩暈を覚えました。ええ。そりゃあ、もう!
(どこの世界に、妹のデートを監視する兄が居るんだ!)
と思った私は、とりあえず、文を書いて、近くの女房に、関白殿下に至急お渡しするように申し添えて、渡しました。
内容は、至って簡単。
『死ね、変質者』
さて、六の宮さまは、夕方……それも、気楽なおいでというので、袍ではなく、狩衣などをお召しで御座いました。それも、今から夏めいてくる季節を先取りした、菖蒲の色目で、夜の闇が、そろそろ濃くなって参ります中、なんとも、爽やかな様子でおいでです。
たきしめた香の薫りが御簾越しに感じられますと、ご立派な人柄であるのが解りまして、私たち女房も、思わず、どぎまぎと胸を時めかせてしまいます。
「本日は、お招きありがとう。先日の宴では、お話しする機会はありませんでしたので、音に聞く二条の姫君と、こうしてお話し出来るのは、大変嬉しく思いますよ」
親しげにお話になるので、姫様も、つい恥ずかしがって扇で顔を隠してしまってから、私に耳打ちします。
「なんだから、東宮様に似ておいでね」
そりゃそうだ。
関白殿下に失脚させられて、流罪の憂き目に遭った(何の罪もない)東宮殿下は、この六の宮さまの腹違いの兄君なのです。
けれど、そのままの言葉を、六の宮さまに申し上げることも出来ずに、困ったなあと思いながら、私は、六の宮さまにお返事いたします。
「桜の花は、今は、名残のものが残るくらいですけれど、春を惜しむようなこの風情を、六の宮さまと共に楽しむことが出来て、嬉しゅう御座います」
「春を惜しむ……、確かに、桜が散ってしまうと、春が過ぎ去ってしまうように思えますね」
「ええ、それで、物寂しい思いになって、つい、懐かしい顔を思い出してしまいます」
私の言葉に、六の宮さまが、ムッと呟いて、気分を害されたのが解りました。
それはそうですとも。
六の宮さまの目の前で、他の人(男)を思い出す……などと言ったのですから。馬鹿にされていると思われても、不思議ではありません。
「姫は、存外、嫌なことを仰有るのですね」
そらとぼけようかと思ったら、六の宮さまは急にお立ちになりました。
「あなたの兄君さまは、性根が腐っておいでと、思いましたけれど、あなたも、似たようなものですね、存外、前東宮殿下にお飽きになって、兄君に処分させたのかも知れませんね」
六の宮さまは、大変ご立腹で、そのまま立ち去ろうとしたのを、
「お待ち遊ばせ!」
とか細くも、はっきりした声が、お止めになりました。
「姫様! 直接、お声をお聞かせなさるなど!」
姫様は立ち上がり、御簾をはね除けて、六の宮さまのまえに立ちました。
当世の姫君が、絶対に、やってはならないことです!
私は、とっさに唐衣を脱いで姫様の頭の上から被せましたが、
「邪魔!」
との一言で、取り去ってしまわれました。
お廊下にて対峙するお二人。
その間にいる私は、冷や汗が止まりませんでした。
中務卿のご子息、忠宗さま。
宮中にて、胡蝶の舞が優れていたことから、胡蝶の少将さまと言われる方。
いつの間にか宴に紛れ混んでいた(中納言さまのお友達らしい)、六の宮さま。
「この中なら、六の宮さまが一番かなあ」
などと仰せになるのは、関白殿下で。姫様は、兄君の意見を素直にお聞き遊ばして、
「では、六の宮さまと、お会いしてみた方が良いかしら」
などと仰せになりましたので、様々段取りいたしまして、お会いすることとなりました。
私としては、あの中納言様のお知り合いという点で、多少の不安は残りましたが、姫様が、前向きなお気持ちになったのは、何よりです。
六の宮さまは、その通称の通りで、前帝の六番目の皇子さま。
いまの帝は、即位して間もない二十八歳のわりに、お子様に恵まれず、更衣などの下位の后は迎えておられたようですけれど、中宮などの位を賜る方はおられないご様子。
そういえば、うちの姫様は、望めば帝の后―――それこそ、女御や中宮という高位の后にお立ちにることも可能でしょうし、政治的な意味で言っても、関白殿下の為になりそうなものなのに、『入内』という話は今まで出ませんでした。
あの、シスコンが、不思議なことですけれど。
そうこうしているうちに、陽も傾いて、ついに、六の宮さまがおいでになりました。
とはいえ、本日は、ただのデートのようなものです。気楽に……と思っていると、案の定、対の建屋から、関白殿下がガン見しているのが解って、私は、頭痛と軽い眩暈を覚えました。ええ。そりゃあ、もう!
(どこの世界に、妹のデートを監視する兄が居るんだ!)
と思った私は、とりあえず、文を書いて、近くの女房に、関白殿下に至急お渡しするように申し添えて、渡しました。
内容は、至って簡単。
『死ね、変質者』
さて、六の宮さまは、夕方……それも、気楽なおいでというので、袍ではなく、狩衣などをお召しで御座いました。それも、今から夏めいてくる季節を先取りした、菖蒲の色目で、夜の闇が、そろそろ濃くなって参ります中、なんとも、爽やかな様子でおいでです。
たきしめた香の薫りが御簾越しに感じられますと、ご立派な人柄であるのが解りまして、私たち女房も、思わず、どぎまぎと胸を時めかせてしまいます。
「本日は、お招きありがとう。先日の宴では、お話しする機会はありませんでしたので、音に聞く二条の姫君と、こうしてお話し出来るのは、大変嬉しく思いますよ」
親しげにお話になるので、姫様も、つい恥ずかしがって扇で顔を隠してしまってから、私に耳打ちします。
「なんだから、東宮様に似ておいでね」
そりゃそうだ。
関白殿下に失脚させられて、流罪の憂き目に遭った(何の罪もない)東宮殿下は、この六の宮さまの腹違いの兄君なのです。
けれど、そのままの言葉を、六の宮さまに申し上げることも出来ずに、困ったなあと思いながら、私は、六の宮さまにお返事いたします。
「桜の花は、今は、名残のものが残るくらいですけれど、春を惜しむようなこの風情を、六の宮さまと共に楽しむことが出来て、嬉しゅう御座います」
「春を惜しむ……、確かに、桜が散ってしまうと、春が過ぎ去ってしまうように思えますね」
「ええ、それで、物寂しい思いになって、つい、懐かしい顔を思い出してしまいます」
私の言葉に、六の宮さまが、ムッと呟いて、気分を害されたのが解りました。
それはそうですとも。
六の宮さまの目の前で、他の人(男)を思い出す……などと言ったのですから。馬鹿にされていると思われても、不思議ではありません。
「姫は、存外、嫌なことを仰有るのですね」
そらとぼけようかと思ったら、六の宮さまは急にお立ちになりました。
「あなたの兄君さまは、性根が腐っておいでと、思いましたけれど、あなたも、似たようなものですね、存外、前東宮殿下にお飽きになって、兄君に処分させたのかも知れませんね」
六の宮さまは、大変ご立腹で、そのまま立ち去ろうとしたのを、
「お待ち遊ばせ!」
とか細くも、はっきりした声が、お止めになりました。
「姫様! 直接、お声をお聞かせなさるなど!」
姫様は立ち上がり、御簾をはね除けて、六の宮さまのまえに立ちました。
当世の姫君が、絶対に、やってはならないことです!
私は、とっさに唐衣を脱いで姫様の頭の上から被せましたが、
「邪魔!」
との一言で、取り去ってしまわれました。
お廊下にて対峙するお二人。
その間にいる私は、冷や汗が止まりませんでした。
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