一体だれなのか

阿房宗児

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もし物語において、悪役といわれる人物、集団が地球や世界を滅亡させるために日夜活動をするとしたら、それは正義の集団を生み出すことに繋がる。そしてこの二つの集団は互いに反発しあい、大概は正義の集団が勝つ。
なぜそうなるのか?
それでいいのか?
それが愉快なのか?
この構図において正義の集団を生み出したのは悪の集団になる。悪は正義を生み出し、または作り出し、そして作り出された正義は、産みの親である悪を滅ぼす。この二つの関係には別の要因も加わる。それは作用と反作用。なにかを行おうとすると、もしくは変化させようとすると、それに抵抗しようとする自然の法則。変化を遂げるのは容易くない。規模が大きいのならなおさら。規模が大きく、概存の自然法則、物質的条件下のもとでは。つまりなかなか決着がつかない。平行線のようなもの。しかし物語では最後に正義が勝つ。
だが、これらの相反する属性、変化と維持という二つのやり取りは目に見えない次元で進行して、恐らく永遠に続くことになる。まるで神話の悪と善の神様の戦いのように。しかしそれは神話の話であって、現代の状況に合わせると話は違ってくる。全てが混沌とし、数分後には意見と立場も全てが変化する現代では、どんな話が展開されるべきなのか?回帰する話?複数細胞生物が単細胞生物に憧れる話?無言の叫び?それはずっと以前から発せられ続けている、一つのテーマに過ぎない。永遠に提示されるテーマ、解決されないテーマ、一体自分はだれなのか? 

法則外の場所、それはもしかしたら宇宙空間でぽつんと浮いているような場所、もしくは海底で尖った岩礁に突き刺さるような形で存在し、またはマグマのなかで溶かされることもない場所、目に見えることもなく、恐らく触れることもできない、小さくもあり、恐ろしいほどに広大でもあり、姿形を自在に変えることもでき、時間軸に囚われることもない。法則外の場所、存在。
部屋。無人の人殺しのような白い部屋。徹底的な拒絶を表すような白さ。その白い空間に溶けるように現れるのは、壁に映し出された感情を伴う、風景、独白、過去、未来、妄想。

0  毎朝、道路の上には様々な轢死体があります。はい。動物、虫、鳥類の奴等です。灰色のアスファルトの上に必ず、毎朝転がっています。特に秋ごろになると増えます。厳しい冬に備えるためにです。霧が晴れ始めると、そこかしこで口から血を吐いて、またかつては温かった血塗れのはらわたを、冷たい道路の上に晒しています。ときにはそれはアスファルトの上で眠っているようにも見えます。この風景は見慣れたものです。道路の脇に弾き飛ばされ、溝に冷たくなった頭を乗せ、口はだらしなく開き、そこから伸びきった舌が見えている。それは狐?貂?野犬?どちらにせよ、それはすでに死んでいる。

0  または夜、街灯の灯りも消えるような時間、前を走っていた車が大きく、なにかを避けるような動きをする。やがて自分のヘッドライトに映し出されたのは、まるでベッドで横になるように、胎児の姿勢で横たわる小動物。闇夜のなか、ヘッドライトに映し出された一瞬、光を反射し小さく輝く、その骸の目は宝石のようだった。

嫌悪するもの。人間の笑い顔。
嫌悪するもの。偽りの感情。幸せ。長続きしない幸福感。
嫌悪するもの。一瞬の満足感。つまり偽物。太陽。
嫌悪するもの。偽りの隣人の青い芝生。見せかけだけのそれ。
嫌悪するもの。暴こうとするもの。
嫌悪するもの。労働。
嫌悪するもの。偽物。
嫌悪するもの。私を支配しようとする人間。
嫌悪するもの。一過性の全て。
嫌悪するもの。止められないもの。
嫌悪するもの。私から常に快楽だけを得ようとする俗物。
嫌悪するもの。私の上に覆い被さる肉の塊。
嫌悪するもの。複数細胞生物、それらが作り出す世界。社会。私たち。
嫌悪するもの。つまりすべて。

雑踏のなかで立ち止まる誰か。

帰り道。風俗からの帰り道。または風俗ではないが、初対面との異性とホテルから出て、一人で帰る道。ふと虚しさが込み上げる。全くなんて無駄なことをしているのかと。西陽が射し込み、そのくたびれきってはいるが、強い日差しに照らされながら、打ちのめされたかのように、自分はとぼとぼ歩き続ける。一体自分は何者なのか?食欲も性欲も睡眠欲も排泄欲も、惰性で機能しているだけ。一体なんだというのか?歳のせいなのか?成功率が低くなっていく。そもそも男とはなにか?女とはなにか?どうして男の自分は自身の手婬にしか反応しないのか?どうしてあぁいう女は押し並べて機械的なのか?手順も同一で、自身の性器からの体液の代わりにローションを多用し、自らの体を一切触らせない女達。一体だれなのか?一体なんなのか?自分達はなんだったのか?答えや意味はあったのか?単なる惰性というからくりが全てを動かしていたのか?自分達も世界そのものも。
帰り道。自分はだれなのか?

0  子供が手放してしまった風船。高く、高く遠い空へと昇っていく。しかしその途中でライフルに撃ち抜かれてしまった。誰も気にもとめない破裂音。そして落下。しかし地面で息絶えていたのは風船ではなくて鳩。子供は風船を手放してしまったことも忘れて、どんどん雑踏のなかを家族の手を握りながら進んでいく。だって楽しくて仕方ないから。
さようなら。
さようなら。
さようなら。
やがて雨が降る。雨だけが知っている。忘れ去られたものたちを。雨だけが寄り添い、遠いどこかへ運んでいく。
さようなら。

1  一体自分はだれなのか?ただそれだけ。

2  一体自分は何者なのか?それは分かっている。人間。単なる人間。疲れた。以上。

3  一体自分はだれなのか?作家が書けないという話を書くのは、昔からよくある主題。それは作家であるから「書けない」ということであって、別に「書く」という行為に特異性はないのである。つまり「書けない」という設定は労働ができない状況でもある。しかしそれは現実的だろうか?つまり、もし私やあなたのような、ありふれた匿名的な労働者が、「書けない」設定の主人公であったのなら、つまり働けないという状況なら。

4  一体自分はだれなのか?よく職場にて人間観察を行う。実際に観察するわけではなく、主に想像を巡らすだけだ。実際自分は彼等から少し離れたところを通過し、横目で一瞬見るだけだ。喫煙所に集まっている先輩社員や同輩が、井戸端会議のようにくちゃくちゃと口を動かす様は、昼下がりの団地の奥さま連中が、こぞって買い物に出かけ、その道中の会話のそれと似ている。話題を奪い合うように言葉が飛び交っている。その集団のなかで一人や二人会話に入ることなく、追随笑いをしている人間が必ずいる。もしくは誰もが内心「自分が一番しんどいのだ。」と思い、愚痴をこぼしているようだ。

5  一体自分はだれなのか?自分は弱者だ。他人い従うものだ。内向的な人間だ。他者に選ばれることのない人間だ。脇役だ。空気だ。

6  一体自分はだれなのか?疲れている労働者だ。飽くまで惰眠を貪りたいと願っているが、それは叶うことがない。一労働者だ。

7  疲労にまみれている人間。頭から足の指の先まで、目に見えないスライム状の疲労に覆われている人間。疲労を生産する労働から帰宅し、なにをするわけでもなく、糸が切れたように眠りに落ちる。永遠に落ちてしまえ。もう目が覚めなくてもいいと思う。しかしそれは前夜も同じことを願ったはず。

8  一体自分が嫌うものはなにか?それは電話だ。電話が嫌いだ。仕事に関わる電話は基本的に嫌いだ。電話の着信音を聞くたびに戦慄が走るが、自分は逃げられない。

9  内に形成されているバベルの塔にて、様々な概念が目に見え、手で触れることができるバベルの塔にて、労働は中毒であり、生活や生計と固く結びついている。自分の足はどこにある?自分の足はたしかに地面についているのに、自由に動かすことができない。

10  帰宅後、労働に毒され、残っている僅かな気力にて、ビラマタス氏のストレスと犯罪者の関係に書かれた本を読む。最近、犯罪を犯したくてたまらないときがある。

11  満たされることがない欲求、それは日常の破滅を願っているからだ。破壊。終末。荒野。全てが平らになった荒野で一人たたずむ。なにをするわけでもなく、たたずんで、きっとそのあとで一人笑いながら泣く。

12  僕はいない。私はいない。自分はいない。終わることがない生活があり、止まることがないお金の循環があり、支払い続ける、元欲望の名残が負債という形になって、支払いを告げる用紙へとその姿を変える。毎日が、一秒一秒が、これらを維持するためだけに切迫している状況だ。ここに自分はいない。誰もいない。自分は人間ではない。欲望の残り火が私という、既に人間としての権利を剥奪された生き物に鞭を打つ。働き続けろと。

13  白い象徴的な制服に、張りついているような微笑。それはまるで顔面麻痺患者のよう。私はここにはいない。真夜中の病院の微弱な照明の下、銀色の台車を引きながら、もしくはなにも持たずに各部屋を見回っている最中に思う。私はここにはいない。私を現在に引き立てたもの、私を現在まで繋げた過去の情熱や陳腐な憧れ、夢、目標は現実の労働のなかで木っ端微塵となっった。なのに私はここにいる。私はここにはいない。長方形の通路の天井から発せられる不安定な灯り、その灯りのもと揺れる私の影。

14  労働は自分から様々なものを奪った。

15  労働はいまや神話上の悪魔と契約を結び、全世界の人間を地の底に固く結びつけている。

16  真夜中、見知らぬ女の後をつける。追い抜く際に丸い臀部を撫で上げてやる。

17  真夜中、見知らぬ女を強引に車の中に引きずり込む。

18  真夜中、見知らぬ女の頬を叩く。女が口を開くたびに無言で叩く。女の白い頬に赤い手形がつく。

19  真夜中、女の目から涙が次々と伝う。それを舐め尽くす。そしてまた叩く。今度は女が黙っているから叩くのだ。

20  真夜中、女を犯す。
          犯す
          犯す
          犯す
          目の前の肉の塊を突き上げる。
          犯す
          犯す
          髪の毛を引っ張り頭をのけぞらす。
          犯す
          後ろから突き上げる。
          犯す

21  真夜中、犯し終わった女に刃物を見せつける。女の瞳孔が開き、狭い車内で喚き続ける。体を震わせ無言で笑う。体の奥深くで、のたまう獣が黒い笑い声をあげる。自分はそれと同化し笑う。とても愉快。これは一つの証明。女は犯されることはよくても、これから始まることは犯されるよりも拒絶するということを。つまり先ほど男は女を無理矢理犯したつもりが、殺人の前ではあれさえも合意の上での行為になるわけだ。

22  真夜中、鼓膜にて反復し続ける絶叫のエコー、脳の表面をうねうねとほとばしるように疾走する快楽物質。それは微弱な電気を発しながら神経中を走り抜ける。そして脳内で女の愛液と血液が混ざりあい、むせびかえるような腐臭のなかで欲望の権化と化した殺人者がその身を、溜まっている血のなかに浸す。胎児の姿勢をとる。とても静かだ。

23  真夜中、すべては嘘だ。実際はアダルトビデオを見て、自身と同様、もしくは自分以上に性欲に囚われた出演者の裸体と、生理的現象を見て喜び、上下に動かし続ける手によって果てるだけ。しかし演技で犯されているAV女優という輩も、演出で犯されているいるにしても、実際画面上で性行が行われている以上、犯されていることに変わりはない。古今東西、大半の男だけが犯される喜びと苦しみ、空しさ、悲しみ、痛さを知らないまま死んでいく。もしくは肉体によって分け隔たれた思想、哲学を理解できないままに死んでいく。これは男女共に言えることだ。これら全ては肉体から派生しているものだから。犯されるという観点から見れば、ほとんどの女は永遠に犯される。そしてほとんどの男は永遠に犯す。これが事実。だがこれが事実であろうと、性欲は果てる。オルガニズムという絶頂を迎えた途端に。しかし食欲同様に時間が経てば、すぐに空腹になってしまう。エッセンス。これが獣である人間のエッセンス。

24 真夜中、すべては嘘だった。真夜中、すべては妄想だった。しかしあれらの妄想をしている間、脳内ではたしかに快楽物質が生じていた。しかし果てた後ではそれらに用はない。使い捨ての欲望。

25  疲労と犯罪心理学のビラマタス氏の本を読み進める。犯罪について考える。犯罪とはなにか?と考える。犯罪とはそれ一つが象徴的行為であり、それは斜面を転がる球体のよう。転落する様、犯罪という事象と、それとは無縁な多数の人々を内包し続ける、この世界はなんて残酷で、混沌に満ちているのだろう。つまり犯罪における、未来の加害者と被害者が常に混在しながら日々を過ごしているのだから。また犯罪を起こす以前の人間は、犯罪に無縁な多数の人々のなかに埋没していることになる。境界線。たった一つの行為を行い、飛び越えること。

26  去年に別れたはずの妻帯者の医師が、診察中に患者の目を盗んで、私の臀部を下から上へとなぞるように触る。全身の鳥肌が立つ。目が見開く。私は後ろの棚に置いてある、一番最初に目についた鋭利な物を握りしめ、医師の後頭部にそれをぶっ刺す。何度も何度も刺してやる。奴の頭から面白いくらいに鮮血が吹き出る。ざまあみろ。

27  しかし実際には乱暴に医師の手を払っただけ。落ち着いたあとに棚を見ると、そこにあったのは針が装着されたままになっている注射器だけ。どうして針が装着されたままなのだろうか?しかしこんなものではダメだ。切れ味のよいメスでなければ。注射器を片付け、その後に医師の座っていた椅子を見て、爪を噛んだ。

28  明日は休み。お尻を触られてから無性にイライラする。元々生まれたときから鬱のなかに沈んでいたのに、無理矢理吸いたくもない空気を吸わされた魚のような気分。もしくはキャッチアンドテイクされる魚の気分かも。あれって最低じゃない。だから私はハプニングバーに行って、知らない男とした。私は二度と犯されたくなかったので、馬乗りになって相手をいかせた。正直その男の首を絞めてやりたかった。いや全世界の男の首を一斉に絞めてやりたかった。平行線に無限に並ぶ全世界の男の生首、そしてそれに平行するように並ぶ私の両腕。ある合図で私の両腕は男たちの首を力一杯に締め上げる。私の両腕は生身の腕に見せかけているが、モーターで動く鋼鉄製。きりきりと生首を絞め続ける。機械的な残酷さと意思をもって。

29  夢を見る。人を殺す夢、誰かに暴力を振るう夢。ときには自分を殺す夢。ゆめのなかで私は怪力の大男になって、見知らぬ人間が眠る部屋にそっと忍び込み力の限り首を絞める。暗闇のなか相手が抵抗しようとすればするほど、私は興奮する。そして余計に力をこめて相手の顔を見下ろす。または刃物をひたすら振るう夢、血だらけになって無差別で凶行にはしる自分。

30  男に体を売る女のことを考える。その女のSEXとはどんなものかと考える。なんだかひどく乾き、痛みを伴うSEXを想像する。

31  金で抱かれている女性は行為中、どんな気持ちなのかと考える?苦痛なのか?快楽なのか?また金で女を買う男についても考えるが、そっちは似合いすぎてなにも考えられない。男はみんなそういう生き物だ。

32  カーテンを閉めた薄暗くて汚い安物のホテルの部屋のなか、外国籍の裸の女の隣。いくつもの名前を持つ女の隣。頭の先にある窓の向こうから蝉が鳴き続けていた。女の携帯が鳴る。行為が終わった後、果てた後、自分は優しい男を演じるために微かに女の手を、指先を握る。女の携帯から子供の無邪気な声がする。自分はその無邪気な声を聞いているだけでよかったが、視線を女に向けると、女は携帯の画面を見せてくれた。小さな男の子がカラオケのマイクを握って、リズムに合わせて「あうあう」と言っている。女が笑って「親戚の子供だ」と片言の日本語で言う。自分は女に合わせて笑ってやるが内心は「嘘だ。お前の子供だろう」と思っている。窓の向こう側で蝉が鳴きやんだ。死んだのだろうか?なんてそれは羨ましいんだ。安ホテル、薄暗い部屋のなか、偽善心だらけの男、自分はだれ?
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