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甘い香りが焚きしめられた寝室。
巨大なベッドの中央に、セレンは膝を抱えて座り込んでいた。
ゆるくウェーブした淡い金髪に優しい緑色の瞳。その顔立ちは人形のように整っており、小さな唇には赤い紅が引かれている。
華奢な身体を包むのは、赤く染められた繊細なレースで作られた扇情的なデザインの衣装だ。
細い肩紐は油断すれば落ちてしまいそうだし、ふっくらとした胸を包むレースは肌色が透けて見えるほどに薄い。二つの膨らみの中央で結ばれた艶やかなサテン生地のリボンは飾りではなく、ほどいてしまえばこの服をあっという間に一枚の布にするものだ。
裾は膝までの長さはあるものの、腰のすぐ下あたりからスリットが入っているため少しでも動いたら太ももがあらわになってしまう。
この衣装を用意したのは一番上の姉であると、準備をしてくれた女官が言っていた。
セレンをあざ笑うためにわざわざ取り寄せたのだろう。
ひどい侮辱だと怒るべきなのだろうが、今のセレンにそんな余裕はない。
(口から心臓が出そう)
緊張のあまり、心臓が早鐘のように脈打っていた。気持ちを落ち着けるために深呼吸を繰り返してみるが効果はない。
カーテンのひかれていない窓から見えるのは満天の星。
この状況には似つかわしくないその美しさに、詰めていた息を吐き出す。
もじもじとシーツの上で素足をすりあわせていれば、部屋の扉が軽く叩かれた。
小さな音なのにやけに大きく聞こえて、セレンは思わずひっ! と短い悲鳴を上げてしまう。
「いらっしゃいますか」
「……ええ、いるわ」
「入っても?」
「………………いいわよ」
ぎこちない声しか出せないのがもどかしい。
静かな音をたてながら開かれた扉の隙間から現れたのは、一人の青年だった。
すらりとした長身がまとうのは白いシャツに紺色のズボンという簡素な服なのに、細身ながらも鍛え上げられた肉体のおかげか、まるで貴族の一張羅のようにも見えた。
漆黒の髪に太い眉。琥珀色の瞳は大きく、どこか大型の犬を思わせる風貌だ。
じっと見つめてくる視線からは何の感情も読み取れない。流石は王国一の英雄騎士と言ったところだろうか。
「セレン様」
セレンを呼ぶ声は、低く甘い。
呼ばれるだけで胸の奥がじわりと痺れて陶酔したような心地になる。
同時に目の奥が痛んで叫び出したいほどの苦しさが喉の奥からせり上がってくる。
言ってやりたいことが沢山あったはずなのに、頭の中が真っ白で上手く言葉が出てこない。
「リュート……」
「どうか、俺に一夜の夢をお与えください」
名前を呼んだ声を遮るように告げられた言葉に、セレンは喉を鳴らしたのだった。
巨大なベッドの中央に、セレンは膝を抱えて座り込んでいた。
ゆるくウェーブした淡い金髪に優しい緑色の瞳。その顔立ちは人形のように整っており、小さな唇には赤い紅が引かれている。
華奢な身体を包むのは、赤く染められた繊細なレースで作られた扇情的なデザインの衣装だ。
細い肩紐は油断すれば落ちてしまいそうだし、ふっくらとした胸を包むレースは肌色が透けて見えるほどに薄い。二つの膨らみの中央で結ばれた艶やかなサテン生地のリボンは飾りではなく、ほどいてしまえばこの服をあっという間に一枚の布にするものだ。
裾は膝までの長さはあるものの、腰のすぐ下あたりからスリットが入っているため少しでも動いたら太ももがあらわになってしまう。
この衣装を用意したのは一番上の姉であると、準備をしてくれた女官が言っていた。
セレンをあざ笑うためにわざわざ取り寄せたのだろう。
ひどい侮辱だと怒るべきなのだろうが、今のセレンにそんな余裕はない。
(口から心臓が出そう)
緊張のあまり、心臓が早鐘のように脈打っていた。気持ちを落ち着けるために深呼吸を繰り返してみるが効果はない。
カーテンのひかれていない窓から見えるのは満天の星。
この状況には似つかわしくないその美しさに、詰めていた息を吐き出す。
もじもじとシーツの上で素足をすりあわせていれば、部屋の扉が軽く叩かれた。
小さな音なのにやけに大きく聞こえて、セレンは思わずひっ! と短い悲鳴を上げてしまう。
「いらっしゃいますか」
「……ええ、いるわ」
「入っても?」
「………………いいわよ」
ぎこちない声しか出せないのがもどかしい。
静かな音をたてながら開かれた扉の隙間から現れたのは、一人の青年だった。
すらりとした長身がまとうのは白いシャツに紺色のズボンという簡素な服なのに、細身ながらも鍛え上げられた肉体のおかげか、まるで貴族の一張羅のようにも見えた。
漆黒の髪に太い眉。琥珀色の瞳は大きく、どこか大型の犬を思わせる風貌だ。
じっと見つめてくる視線からは何の感情も読み取れない。流石は王国一の英雄騎士と言ったところだろうか。
「セレン様」
セレンを呼ぶ声は、低く甘い。
呼ばれるだけで胸の奥がじわりと痺れて陶酔したような心地になる。
同時に目の奥が痛んで叫び出したいほどの苦しさが喉の奥からせり上がってくる。
言ってやりたいことが沢山あったはずなのに、頭の中が真っ白で上手く言葉が出てこない。
「リュート……」
「どうか、俺に一夜の夢をお与えください」
名前を呼んだ声を遮るように告げられた言葉に、セレンは喉を鳴らしたのだった。
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