赤い珊瑚

マチバリ

文字の大きさ
上 下
2 / 6

しおりを挟む






主人に通されたのは客席から少し離れた障子の奥。

狭い部屋かと思ったが、大人ひとりが横になっても余裕がありそうなほどの広さだった。
外見は小さな店なのに、こんな部屋があるとはと少し驚いた。
座敷の真ん中に小さな机があり、その机の付属品のように小さな老婆が背中を丸めて座っていた。



「婆様、邪魔するよ」

「お客さんですかな」

「おう、そうとも」

「何を描きましょう」

「実はあんたが面白い話を聞かせてくれると聞いたから来たんだ。だから絵は何でもいい」

「左様でございますか」



老婆は驚く風でも嫌がる風でもなく小さくうなずくと、机の下から小さな文箱を取り出した。
ふたを開けると墨の匂いが鼻につく。
硯と筆をゆっくりと並べ、大小様々な大きさの紙を取り出す。



「一番小さな紙で一文、一番大きな紙なら五文でございます」

「へえ、良心的じゃあないか」



舌先三寸で値切ってやろうと身構えていただけに肩透かしを食らった気分だ。
悪事を暴かれたような居心地の悪さに真ん中の紙を指さした。



「三文の紙ですね。じゃあ、お代を」

「なんだい、先に金をとるのか?」

「書いてから払わぬと仰られると婆が辛うございます」

「ふむ、なるほど」



身に覚えがある話だ。


とある筋から、これこれこういう人物がどこそこにいく、という事細かな指定が入った仕事を引き受けたことがあった。書きながら筋を考えていく主義だったのでたいそう苦労した記憶がある。
そして書き上げたものを渡した途端に相手方との連絡が途絶えてしまった。

要は賃金を踏み倒されたのである。
あの悔しさ腹立たしさは今思い出しても腸が煮えくり返る。
婆の言うことももっともだと、財布から三文を取り出して差し出した。



「ありがとうございます」



皺くちゃの左手が伸びて銭を受け取る。
老婆とは思えぬ素早さで銭をしまうと、選んだ三文の紙を机に広げ、さて、と婆の背筋が急に伸びた。
小さな、と思っていたが案外に存在感がある姿。
最初は気が付かなったが、老婆の割に色つやがよく、妙な色気がある目をしている。

店の主人が言っていた、先代とやらはこの婆を囲っていたのかもしれない。



「さてさて、では描きながらお話ししましょう。さて、何から話せば良いのかな」



筆を片手に小さく首をかしげて老婆が思いを巡らせる。

ふと、その姿の違和感に目を細める。先ほどから老婆が使っているのは左手のみだ。
右手は袖の中に隠されたまま。
その袖は、まるで中身がないかのように肘のあたりからだらりと垂れ下がっている。



「気が付かれましたかな」



老婆の声に体が震えてしまった。

先ほどまでは命の灯が消えかかった老婆かと思っていたのに、この凄味は何なのだろう。
にいと口の端を釣り上げて笑う老婆は若い女のように紅を引いていた。



「この右腕は肘から下を失せております」



老婆が袖をゆっくりとたくし上げれば、言葉通り右腕は肘の下からの部分がすっかり消えてなくなっていた。
失ったのはずいぶん昔なのだろう。
肘の先はつるりとした皮膚で覆われ、まるで最初からそこに腕などなかったかのような様子だ。




「お話しするのは、この失せた手の話でございます」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それが求めるモノ

八神 凪
ホラー
それは暑い日のお盆―― 家族とお墓参りに行ったその後、徐々におかしくなる母親。 異変はそれだけにとどまらず――

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

#ザマァミロ

鯨井イルカ
ホラー
 主人公の小田マキは、SNSに「#ザマァミロ」というタグを使って、スカッとする体験談を投稿していた。  フォロワーから体験談を募集する日々の中、マキは「アザミ」というアカウントから、メッセージを受け取る。

〈完結〉暇を持て余す19世紀英国のご婦人方が夫の留守に集まったけどとうとう話題も尽きたので「怖い話」をそれぞれ持ち寄って語り出した結果。

江戸川ばた散歩
ホラー
タイトル通り。 仕事で夫の留守が続く十二人の夫人達、常に何かとお喋りをしていたのだけど、とうとうネタが尽きてしまっったので、それぞれに今まで起こったか聞いたことのある「怖い話」を語り出す。 ただその話をした結果……

処理中です...