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弐
しおりを挟む主人に通されたのは客席から少し離れた障子の奥。
狭い部屋かと思ったが、大人ひとりが横になっても余裕がありそうなほどの広さだった。
外見は小さな店なのに、こんな部屋があるとはと少し驚いた。
座敷の真ん中に小さな机があり、その机の付属品のように小さな老婆が背中を丸めて座っていた。
「婆様、邪魔するよ」
「お客さんですかな」
「おう、そうとも」
「何を描きましょう」
「実はあんたが面白い話を聞かせてくれると聞いたから来たんだ。だから絵は何でもいい」
「左様でございますか」
老婆は驚く風でも嫌がる風でもなく小さくうなずくと、机の下から小さな文箱を取り出した。
ふたを開けると墨の匂いが鼻につく。
硯と筆をゆっくりと並べ、大小様々な大きさの紙を取り出す。
「一番小さな紙で一文、一番大きな紙なら五文でございます」
「へえ、良心的じゃあないか」
舌先三寸で値切ってやろうと身構えていただけに肩透かしを食らった気分だ。
悪事を暴かれたような居心地の悪さに真ん中の紙を指さした。
「三文の紙ですね。じゃあ、お代を」
「なんだい、先に金をとるのか?」
「書いてから払わぬと仰られると婆が辛うございます」
「ふむ、なるほど」
身に覚えがある話だ。
とある筋から、これこれこういう人物がどこそこにいく、という事細かな指定が入った仕事を引き受けたことがあった。書きながら筋を考えていく主義だったのでたいそう苦労した記憶がある。
そして書き上げたものを渡した途端に相手方との連絡が途絶えてしまった。
要は賃金を踏み倒されたのである。
あの悔しさ腹立たしさは今思い出しても腸が煮えくり返る。
婆の言うことももっともだと、財布から三文を取り出して差し出した。
「ありがとうございます」
皺くちゃの左手が伸びて銭を受け取る。
老婆とは思えぬ素早さで銭をしまうと、選んだ三文の紙を机に広げ、さて、と婆の背筋が急に伸びた。
小さな、と思っていたが案外に存在感がある姿。
最初は気が付かなったが、老婆の割に色つやがよく、妙な色気がある目をしている。
店の主人が言っていた、先代とやらはこの婆を囲っていたのかもしれない。
「さてさて、では描きながらお話ししましょう。さて、何から話せば良いのかな」
筆を片手に小さく首をかしげて老婆が思いを巡らせる。
ふと、その姿の違和感に目を細める。先ほどから老婆が使っているのは左手のみだ。
右手は袖の中に隠されたまま。
その袖は、まるで中身がないかのように肘のあたりからだらりと垂れ下がっている。
「気が付かれましたかな」
老婆の声に体が震えてしまった。
先ほどまでは命の灯が消えかかった老婆かと思っていたのに、この凄味は何なのだろう。
にいと口の端を釣り上げて笑う老婆は若い女のように紅を引いていた。
「この右腕は肘から下を失せております」
老婆が袖をゆっくりとたくし上げれば、言葉通り右腕は肘の下からの部分がすっかり消えてなくなっていた。
失ったのはずいぶん昔なのだろう。
肘の先はつるりとした皮膚で覆われ、まるで最初からそこに腕などなかったかのような様子だ。
「お話しするのは、この失せた手の話でございます」
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