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夏の出来事②
しおりを挟むそして夏。
プールの授業で更衣室に来たものの、省吾は顔色を失くして立ち尽くしたままシャツのボタンにかけた指先は凍ったように止まったままだ。
弘明は、誰かに殴られでもしたのだろうか、それとも着替えを失くしたのかと省吾をじっと見つめていた。
外れないボタンが疑問をどんどん大きくする。気が付けば更衣室には省吾と弘明の二人きりになっていた。
「省吾」
弘明の声掛けに省吾の肩が大きく跳ねた。まさかまだ残っているなんて思ってもいなかったというような顔でゆっくりと振り返る。
「どうしたの?なんでシャツ脱がないの?」
「・・・っ・・・!」
薄くなったそばかすの下の皮膚にサッと赤みが差して瞳が哀れなほどに彷徨う。
その様子に、省吾が隠したい物がシャツの下にあると悟った弘明は、友人の動揺と硬直をいいことに器用な手つきであっという間にシャツのボタンを外してしまう。拒否の言葉すら出せずにいた省吾はあっという間に晒された己の体に大いにうろたえた。
「だめっ、ヒロ君!見ないで!」
はらりと開いたシャツの中、自分よりもずっと白くて薄い省吾の胸元に弘明は思わず息を飲んだ。
中学に上がってお互い背が伸びて出会ったころより距離は縮んだけれど、省吾はまだ小柄な域だ。
悲鳴のような省吾の声はまだ声変わりすらしていない。
薄い胸板と細い首筋だけを見ればまるで少女のようで、勢いに任せて服を脱がせるという行為に及んでしまったことに、まるでイケナイ事をしてしまったような居心地の悪さに襲われる。
「・・・別に何もないじゃん」
隠そうとする省吾の腕を押さえつけるようにして確認した身体はいたって普通のものだった。
見慣れてしまえば自分と同じ造形の男子だとわかるのに、弘明は胸の奥のざわめきに戸惑っていた。浅く上下する胸板から目が離せないでいた。
「もういいでしょ、離してよ」
震える省吾の声はまだ何かを隠している様子だ。
あとは何を隠しているのだろうと目を細めれば、はだけたシャツがかすかに隠している胸元の色づきに気が付く。
腕を放すふりをして、指先でシャツを軽く引っかけてひろげようとすれば、省吾の体が面白いほどに飛び跳ねて、背後のロッカーに思いきり背中をぶつけた。
その拍子にひらりと大きくシャツがはだける。先ほどまでは隠れていた両胸の小さな色づきが完全に露わになって、弘明は目を丸くし、省吾は目を閉じた。
「・・・それ」
弘明は思わずゴクリとつばを飲み込む。
省吾の薄い胸板にあるそれは自分のものとは形状が全く違っていた。
男子の胸には不釣り合いなピンク色のそれは中央に小さな一の字を描いていた。
本来ならあるべき尖りがまったくないその形状に、弘明は兄の部屋で盗み見た大人向けの雑誌で得た情報を思い出していた。
陥没乳首-乳房の中に乳首が埋没している先天的な症状
健全な男子が想像する女性の胸とは異なるつるんとしたボールのような形状に違和感を覚えたことしか記憶にはなかったが、現実に目にすると、男性にもありえるのだと純粋に感心して、そして驚くほどに興奮していた。
「やだ・・・見ないで・・・」
掻き消えそうな省吾の声に弘明はようやく我に返る。省吾はめいっぱいに涙をためて震えていた。
そう、省吾が隠したかったのはこの乳首なのだ。
幼い頃は気が付かなかったが、成長につれ自分の胸元が他の男子たちとは異なることに気が付いた。
本来なら微かに突起しているべき部分がへこんだままで、無様な真一文字がまるで閉じた目のように胸にある状態と言うのは恥ずかしくて仕方なかった。
調べてみれば、名前もきちんとある症状で、女性でなければ特段困ることのない先天的なものだという。
しかし思春期において周りと違う体の部位と言うのはコンプレックス以外の何物でもなかった。
「こんな変な胸、恥ずかしいよぉ」
耳から首筋まで全部真っ赤になって、ずるずると座り込み胸を隠すように丸まった省吾の背中はぶるぶると震えていた。
鼻をすすりながら声を殺して泣く姿に弘明はそっとその背中をさすってやる。
「・・・変なんかじゃない」
極めて冷静に落ち着いた口調の弘明に、省吾はゆっくりと顔を上げた。このいつだってクールで賢い友人言葉に沈みかけていた感情が少しだけ浮上する。
「でも・・・」
もし誰かに気が付かれてからかわれたりしたら自分は絶対に立ち直れない。優しい友人の言葉だけで拭いきれるほど浅い不安ではないのだ。
「僕がどうにかしてあげる」
その不安を塗りつぶすようなしっかりとした弘明の声に、省吾は涙を払うように瞬きを繰り返した。
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