19 / 71
本編
第十九話 覚悟②
しおりを挟む屋敷の人間が動いている間は下手な動きが出来ないので、真夜中になるまで出来るだけいつも通りの生活を意識した。
そして久しぶりに食堂で父と夕食を共にしたけれど、やはりいつも通りの光景だった。
「アリア、今日アイザックが屋敷に来そうじゃないか。何も変わりはなかったのか」
「……はい、私の体調を心配してわざわざいらして下さったようでした。体調が回復したら一緒に出掛ける約束もしました」
「……そうか。ならいい」
そう言って微笑む父は、あの日婚約解消をしたいと言った私が諦めずアイザック様に直談判しなかったか確認したかったのだろう。
(心配しなくても、そんな事しないのに)
父に、私という人間は見えているのだろうか。たった一度でも駒としてではなく、娘として見てくれた事があったのだろうか。
また暗い思考に引きづられそうになる心を、無理矢理持ち上げ出来るだけいつもと同じように食事を摂る。
(どのみち成功しても失敗しても、こうして顔を合わせるのはこれが最後になるのよね)
「あ、あの、お父様!」
そんな風に思ったからか食事を終え退出する父に、気付けば私は声をかけていた。
「!どうしたんだアリア。大きな声を出すなんて、いつものお前らしくないじゃないか」
そう言った父は普段は無表情なのに、この時ばかりは僅かに目を見開き私という存在をはっきりと目に写してくれた様に感じた。
(何だか今日は生まれて初めてお父様の人間らしい表情を見た気がするわ)
「……」
「本当にどうしたんだ」
無鉄砲に呼び止めたから、言いたい事が纏まらず言葉が出てこない。それでも父に、今この瞬間に伝えたいと思った言葉があった。
「……ありがとうございます」
「アリア?」
「お父様、私幸せです」
精一杯の笑顔で父にそう伝えた。愛情は貰えなかったけれど、何不自由のない恵まれた生活をさせてくれた。
私は確かに幸せだった。そんな思いを乗せた言葉が父にも伝わったようで、父の表情が更に柔らかいものに変わった。
「ああ、お前は幸せになれると信じてる。何も問題はない、大丈夫だ」
「はい、お父様」
思わず涙が溢れそうになる。でも私は今まで培ってきた令嬢としてのプライドで流れそうになる涙を必死に押しとどめた。
父が……いつも無表情なあの父が、ほんの少し柔らかく微笑んでくれた。
その笑顔が見れただけで、もう十分だった。
お父様、親不孝な娘でごめんなさい。
私は自分勝手な女なのです。だって自分の幸せの為に、侯爵家を。お父様を。私の全てを捨てるのですから。
どうか、どうか、私を許さないで——。
28
お気に入りに追加
2,259
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
どんなに私が愛しても
豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。
これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる