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本編
第十八話 覚悟①
しおりを挟むアイザック様と別れ、先程通ってきた廊下をいつもより早足で進む。
一秒でも早く早く自室に戻りたかったからだ。それなのにどれだけ早く足を動かしても、自室までも道のりが異常に遠く感じた。
早足で歩く私も、ノーラも終始無言だった。きっとノーラは私に聞きたい事があっただろう。
先程のアイザック様との会話も、部屋の隅に控えていたノーラには全て聞こえていただろうから。
それでも今は何も話す気になれなかった。
長い廊下と階段を登りようやく自室の扉の前まで来た私は、一歩後ろを着いてきていたノーラに声をかけた。
「ノーラ、悪いけどしばらく一人にしてくれるかしら」
「……かしこまりました。何かあれば遠慮なくお申し付け下さいね」
「ええ、ありがとう」
扉が閉まりノーラの足音が遠ざかるのを確認した私は、急いで鍵を掛け隠していた本を机の引き出しの二重底からそっと取り出し、本の背表紙を優しく撫でる。
この本はどこか不思議で、こうして触れているだけで心が落ち着いてくるような気がするのだ。
そしてあの初めて目にした時から、ずっとこの本に導かれているような気がしている。
ただ私のそうであってほしいという願望なのかもしれないけれど、まるで自分ではない他の何か……別の意思が絡んでいるような感覚がするのだ。
ただ言葉で言い表すのは難しく、本当に直感でそう感じただけに過ぎないのだけれど。
昨日一通り読んではいたけれど再度入念に読み返す為、中を開いて一文字一文字を指でなぞる。
この本によると魔法陣は一寸の狂なく記載されているものと同じものを描く事。そして悪魔の渡り賃として、召喚者の血が必要だと書かれていた。
更に呪文を一文字でも読み間違えると命の補償はないと書かれていた。
(悪魔を召喚すると決めたはいいけれど、万が一失敗したら死ぬかもしれないのよね)
失敗した場合を考えていなかった私は、ここへ来て一気に不安が押し寄せてきた。
こんな命懸けの事を“自由になりたい”と言う気持ちだけで軽率に決めてもいいのか、迷いが生まれてしまっていた。
本に挟まっていた紙に視線を移し、書かれている言葉を心の中で再度復唱する。
『捨てる覚悟があるのか』
走り書きのような文字をそっと撫で、この文字を書いた人を想像してみる。
きっとこの人も召喚するのか随分悩んだのかもしれないわ。そしてこの言葉は、私が考えているよりずっとずっと重いのかもしれない。
「……覚悟」
先ほどまではかなり意気込んでいたけれど、私にそんな大それた覚悟なんてあるのだろうか?
例えこのまま、見て見ぬふりをし今まで通りの生活を続けても、きっと上手くなんていかない。いつか綻びから裂け目が生まれ、気付かないうちに大きくなりやがて取り返しのつかない事になるかもしれない。
それにアイザック様の胸の内を知ってしまったのに、今更知らないふりなんて私には出来ない。
「そうよ。私はもう、振り返らないって決めたのよ」
すぐ二転三転してしまう自分の心を今度こそ覚悟で固め、私は今夜の為に再度本に目を通し入念な準備を始めた。
私は、アイザック様達の為だけに自分を犠牲にする訳じゃないわ。
これは、私が私の幸せの為に選ぶ道なのよ。
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