上 下
11 / 13

番外編・アーロンとシエナのその後

しおりを挟む


 僕が平民になって、二年という時が過ぎた。
最初は本当に何も出来なくて、僕が全く使い物にならないからシエナがメインで働いてくれていた。

 そして仕事が終わってからや、休日に平民としての生き方、生活の仕方を教えてくれた。
本当に彼女には感謝してもしきれない。
あの日、小屋で目覚めた時はかなり恨んだけど、こんな僕を見捨てず根気強く支えてくれる彼女にいつしか本当の意味で恋に落ちていた。

 学園にいた時は、物珍しさからだった。
でも今は違う。彼女の優しさや、強さに心底惚れている。
僕はもう彼女なしでは生きていけないだろう。この二年、必死で平民の生活を覚えた。

 一年が過ぎた頃、元々計算が得意だったという事もあり、近所の役所勤めの人の口利きで、経理としてこの町の役所で働かせてもらえることになった。僕にもできる事があったのだとようやく自信が持てた瞬間だった。
僕とシエナは書類上夫婦だけど、夫婦らしい事は何一つない。そもそもこの二年は、お互い生きる事に必死で夫婦という事も忘れていたぐらいだった。

 一緒に生活していても部屋は別だし、シエナは毎日遅くまで働いてくれている。
この二年、本当に彼女には世話になった。だから今日は彼女に自分で働いたお給料で、初めてプレゼントを買ってみた。
以前より随分伸びたシエナの髪を纏めるのにいいだろうと髪留めを買ったのだが、シエナは喜んでくれるだろうか……
そんな事を考えながら帰路に就くと、自宅に明かりが灯っていた。

シエナがこんなに早く帰ってくるなんて珍しい。

 急いで家に入ると、笑顔のシエナがこちらへ駆けてくる。
「あ、アーロンおかえり!今日ね、仕事が珍しく早く終わったからあたしがご飯作ろうと思って!ってどうしたの?そんなだらしない顔して」

相変わらず辛辣だけど、そんな所も愛おしいと思う僕は重症なんだろうか?
「ただいまシエナ。そうだったのか、なら一緒に作ろう?あ、その前に渡したい物があるんだ」
そう言ってプレゼントを差し出した。
「君に似合うと思って選んだんだ。気に入るといいんだけど……」

シエナは相当驚いたのか、普段も大きい瞳をこれでもかと見開いている。
そんな所も可愛い。

「はぇ?え!アーロンが!?」
そんな風に叫びながらも、恐る恐る包みを受け取っている。
「この二年、君にはたくさん世話になっただろう?きちんと前を向けるようになったのもシエナのお陰なんだ。本当にありがとう」
心からの感謝を伝えると、シエナにしては珍しいくらい動揺していた。

包みを開けたシエナが固まってしまっている。
「これ……」
シエナに選んだのは、僕の瞳の色の緑の石が嵌め込まれている髪留めだ。
本当は本物の宝石を使った髪留めをプレゼントしたかったんだけど、高くて手が出せなかった。


そんな事を考えていると、急にシエナが俯いてしまった。
「シエナ気に入らなかった?もし気に入らないなら気に入るデザインの物を買い直そう?」
焦ってそう言う僕の胸に、思いきりシエナが抱きついてきて思わず動揺してしまった。
「シ、シエナ!?」
「この髪留め、アーロンの瞳の色だよね……あたし期待してもいいの?」
泣きそうな顔で僕を見上げてきたシエナを見て、僕はこの二年をふと思い出した。

 シエナに世話になるばかりで二度目の恋に落ちてからも、一度もシエナに対して好きだと言った事がなかった事に。

 この二年でシエナも僕に対して態度が軟化していたし(辛辣さは変わらないけど)、なんなら好意も垣間見えていた。
だから僕は両思いなのだと勝手に思い込んで、きちんと気持ちを伝える事をしていなかった。

 なんて事だ……もしかしてずっと不安にさせていたのではないだろうか。
僕はいつも間違えてしまう。フローラに対してもそうだった。いつも気持ちを伝えず心の中で思ってるだけ。
結局それで平民になったのに、まだ学習していない自分に嫌気が差す。
でもここで自己嫌悪に陥っているだけでは進まない、今度こそきちんと自分で伝えるんだ……

「ごめん。今まできちんと想いを伝えてこなくて。シエナ、僕は君が好きだよ。あの日、僕を見捨てないでくれて本当にありがとう。この二年で君に、もう一度恋をしたんだ。今も夫婦だけど、これからも夫婦として僕と歩んでくれる?」

あまりに不安になって、最後の方はまたボソボソした話し方になってしまったけど、こんなに緊張したのも生まれて初めてだったんだ。
だけどシエナは、
「あ、あたしだってアーロンの事大好きだけど!?確かに最初はお金目当てだったし、小屋に捨てられた時は本当にムカついたし殺意も湧いたけど。この二年一緒に過ごしてアーロンのいい所も悪い所もいっぱい知ったの。だからこそアーロンを愛してる。でも……何も言ってくれなかったでしょ?私も言わなかったけど……だからあたし不安で」
そう言って泣いてしまった彼女を、優しく抱きしめる。
そういえば、シエナを抱き締めたのもこれが初めてだった。
「シエナ、僕たち一から夫婦としてやり直そう。僕もこれからはきちんと気持ちを伝えるよ。不安にさせないように努力する。だからこれからも僕に対して思う事があったら教えてほしい。一緒に歩んでいこう」
「っ!あたしに対して言いたい事もちゃんと言ってよ。あたしこんな性格だからアーロンに酷い事言っちゃう事もあるから」
「あぁ、二人で成長していこう」
「……アーロン愛してる」
「僕も愛してるよシエナ」

こうして重なった初めてのキスは涙の味がした——
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

冤罪をかけて申し訳ないって……謝罪で済む問題だと思ってます?

水垣するめ
恋愛
それは何の変哲もない日だった。 学園に登校した私は、朝一番、教室で待ち構えていた婚約者であるデイビット・ハミルトン王子に開口一番罵声を浴びせられた。 「シエスタ・フォード! この性悪女め! よくもノコノコと登校してきたな!」 「え……?」 いきなり罵声を浴びせられたシエスタは困惑する。 「な、何をおっしゃっているのですか……? 私が何かしましたか?」  尋常ではない様子のデイビットにシエスタは恐る恐る質問するが、それが逆にデイビットの逆鱗に触れたようで、罵声はより苛烈になった。 「とぼけるなこの犯罪者! お前はイザベルを虐めていただろう!」 デイビットは身に覚えのない冤罪をシエスタへとかける。 「虐め……!? 私はそんなことしていません!」 「ではイザベルを見てもそんなことが言えるか!」 おずおずと前に出てきたイザベルの様子を見て、シエスタはギョッとした。 イザベルには顔に大きなあざがあったからだ。 誰かに殴られたかのような大きな青いあざが目にある。 イザベルはデイビットの側に小走りで駆け寄り、イザベルを指差した。 「この人です! 昨日私を殴ってきたのはこの人です!」 冤罪だった。 しかしシエスタの訴えは聞き届けてもらえない。 シエスタは理解した。 イザベルに冤罪を着せられたのだと……。

あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。

水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。 主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。 しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。 そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。 無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。 気づいた時にはもう手遅れだった。 アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

あなたを愛するなんて……もう無理です。

水垣するめ
恋愛
主人公エミリア・パーカーは王子のウィリアム・ワトソンと婚約していた。 当初、婚約した時は二人で国を将来支えていこう、と誓いあったほど関係は良好だった。 しかし、学園に通うようになってからウィリアムは豹変する。 度重なる女遊び。 エミリアが幾度注意しても聞き入れる様子はなく、逆にエミリアを侮るようになった。 そして、金遣いが荒くなったウィリアムはついにエミリアの私物に手を付けるようになった。 勝手に鞄の中を漁っては金品を持ち出し、自分の物にしていた。 そしてついにウィリアムはエミリアの大切なものを盗み出した。 エミリアがウィリアムを激しく非難すると、ウィリアムは逆ギレをしてエミリアに暴力を振るった。 エミリアはついにウィリアムに愛想を尽かし、婚約の解消を国王へ申し出る。 するとウィリアムを取り巻く状況はどんどんと変わっていき……?

いいですよ、離婚しましょう。だって、あなたはその女性が好きなのでしょう?

水垣するめ
恋愛
アリシアとロバートが結婚したのは一年前。 貴族にありがちな親と親との政略結婚だった。 二人は婚約した後、何事も無く結婚して、ロバートは婿養子としてこの家に来た。 しかし結婚してから一ヶ月経った頃、「出かけてくる」と言って週に一度、朝から晩まで出かけるようになった。 アリシアはすぐに、ロバートは幼馴染のサラに会いに行っているのだと分かった。 彼が昔から幼馴染を好意を寄せていたのは分かっていたからだ。 しかし、アリシアは私以外の女性と一切関わるな、と言うつもりもなかったし、幼馴染とも関係を切れ、なんて狭量なことを言うつもりも無かった。 だから、毎週一度会うぐらいなら、それくらいは情けとして良いだろう、と思っていた。 ずっと愛していたのだからしょうがない、とも思っていた。 一日中家を空けることは無かったし、結婚している以上ある程度の節度は守っていると思っていた。 しかし、ロバートはアリシアの信頼を裏切っていた。 そしてアリシアは家からロバートを追放しようと決意する。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

処理中です...