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第四話 出会い

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「小さな妖精さん、どうしてこんな所で泣いているの?」
「っ!?」

 自分しかいない筈の小屋の中に突然他の人の声が聞こえたわたしは、咄嗟に顔を上げ声にならない悲鳴をあげた。
 ずいぶん近くから聞こえているとは思っていたけれど、顔をあげてみると相手はかなりの至近距離にいたからだ。

「あ、あの貴方は、」
「ああ、勝手に入ってしまってごめんね。君が泣いているのが外から見えたから気になってしまって。それにしても酷いな、頬に傷が出来ているよ」

 そう言って目の前の男の人が傷のある頬に手をかざすと、キラキラとした飴色の輝きと共に傷がある場所が温かい何かに包まれるような感覚がした。
 その飴色の輝きはすぐに消えてしまったが、そっと傷のあった頬に触れると、驚く事に先程まであった痛みがなくなっていた。

「治ってる……」
「もう痛くないだろう?私は治癒魔法が使えるから、他に傷があるなら治してあげるよ」
「い、いえ。頬の傷を治していただいただけで十分です‼」

 いくら学のない自分でも分かる。恐らく目の前の人物はわたしよりもずっとずっと身分が上の人間だろう。
 よく見ると着ている服も上等な生地で出来ている事が分かるし、何より彼は先ほど無詠唱で治癒魔法を使用していた。
 そんな高等技術をさらりと扱える人間は王国広しと言えど限られている。そもそも治癒自体とても高度な魔法なのだ。
 治癒魔法を使える人間は無条件で国の管理下に置かれ、国直属の機関にそれぞれ配属される。
 きっと目の前の彼は国に仕える治癒術師か何かなのだろう。
 そんな人物に偶然とは言え高度な治癒の魔法を使わせてしまった事にわたしは一瞬で血の気が引いた。
 
 (お支払い出来る程のものをわたしは持っていないわ……)

 しかしわたしの心配とは裏腹に、彼――フィルと名乗った青年はとても優しかった。
 最初は彼に質問される度言葉に詰まり、泣き出してしまっていたわたしを、フィルは面倒臭がる事なく根気強く話を聞いてくれた。

 そのうちポツリポツリと話せるようになったわたしは、フィルが醸し出す綺麗で温かい時間に傷ついていた心が癒えていくような不思議な感覚がした。
 彼の話す話はとても面白く、外の世界を知らないわたしにはどの話も未知の世界だった。

 「フィルの話す妖精をいつか見てみたい」
 「リリーが望むならいくらでも見せてあげるよ」
 「本当?」
 「ああ、今すぐは無理だけど必ず会わせてあげる」
 
 そんな温かい時間を過ごし、わたしは愚かにも彼にずっと一緒にいたいと願ってしまった。だけどフィルはわたしの願いに曖昧に微笑むだけで明確な約束はしてくれなかった。
 そしてわたしの髪をそっと撫で、困ったように言葉を紡いだ。

「私だってずっとリリーと一緒にいたいけど、今はまだその時じゃないんだ。それにそろそろ帰らないといけなくてね」
「い、行かないで、わたしを置いていかないで‼」

 ボロボロと赤子のように泣き出すわたしの背をフィルは一生懸命擦ってくれていた。
 それでも泣き止まないわたしに、彼は髪を撫でながらその優しい声色でわたしに幸せな贈り物をくれた。

「泣かないでリリー。今すぐは無理だけど、必ず君を迎えに来るよ。だからどうか……もう少しだけ待っていて」
「っ……、ぅ……必ず、来てくれる?」
「ああ、約束する。必ず迎えに来るよ」

 フィルがそう言ってくれた直後に侍女長の呼ぶ声が聞こえ、お別れもそこそこにわたしは慌てて声のする方へ向かった。
 そしてその日から、フィルとの約束だけがわたしの生きる理由になった。
 いつか彼が迎えに来てくれる。この誰も味方がいない空間から助け出してくれると信じて、どんな辛い暴力や虐めにも耐える事が出来た。

 でも一か月、一年と時間が過ぎていけばいくら馬鹿だと言われているわたしでも嫌でも認めざるを得なかった。
 彼が……フィルが残してくれた言葉は愚かなわたしに対する彼なりの優しい嘘だったのだと。

 残酷な事実にだんだんと心が凍り、殴られる事にも慣れてきた頃それは起こった。
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