上 下
24 / 56
本編

霞む意識・クラリス視点

しおりを挟む



 面識のない異性に愛を囁き、私は今日もあの人の背中を追いかける。
 確かに自分の身体の筈なのに、そこに私自身の意志はなく、まるで何か見えない糸で強制的に身体を操られているかのような恐怖心が支配した。
 愛しているのはルイだけなのに、口から溢れる名前は知らない異性のもの。
 私はあの人を全く知らないのに、何故か今の私は彼を追いかけ、見つめ愛してると囁く。

 どうしてこんな事になったのか、今の私には何も思い出す事が出来ない。
 まるで本当の私の意識は誰にも開ける事の出来ない頑丈な檻に囚われているみたい。
 表にいる幸せな私とは反対に、暗闇の中に閉じ込められた本当の私は、今のこの状況に現実では流す事の出来ない涙を抑える事が出来ない。
 私には不快でしかないその目の前の行為が、私の心を刃物でズタズタにするように深い傷を残し、ダラダラと血の涙を流す。
 好きでもない異性に向けて愛を紡ぐ己の口が憎くて憎くて仕方がない。


 (違う、違うわ……私が好きなのはルイだけよっ!!)
 (助けて……っ、助けてルイ!!)


 愛するルイに私の声が届く事はない。
 だって表の私の口は私の本心の声を届けてはくれないから。


 常に意識に靄(もや)がかかった状態の私だけれど、時々、本当に時々、意識が浮上する事がある。
 だからと言って何が出来るわけでもないけれど、それでも霞がかかった意識が鮮明になる瞬間、どうにか今のこの状態を外部の人間に伝える事が出来ないか、必死で考える事が出来ていた。


 ある日ふと視線を彷徨わせれば、目線の先に見えたのは私が心から愛してる婚約者だった。
 
 (ルイ……)

 側に駆け寄りたいのに、私の意志ではない事を伝えたいのに、今の私では自分の身体を自由に動かす事すら出来ない。
 私の意志で指一本動かす事の出来ないこの体では、伝えたい事も満足に伝えられない。

 (どうにか相手の隙を付いて、ルイに伝えられたら)

 普段の私の意識は常にあの人に監視され、霞がかかったようにぼんやりとしていて目の前でどんなやり取りがあるのかはっきりと認識する事が出来ない。
 意識がはっきりしない間に起こった出来事を、いつもあの人はとても親切に、そして楽しそうに話してくれる。本当に楽しそうに、それがさも当たり前のように。
 そんな風に動かせない体で考えていると、一瞬、ほんの一瞬だけあの人の力が弱まったのを感じた。
 きっと今近くにあの人がいないに違いない。
 その瞬間、自分で考えるより早く口が動いていた。
 
「──助けて」

 はっきりと声に出せていたかは分からない。でも口は動かせたように思う。
 呟いた次の瞬間には、もう自由に口を動かす事は出来なくなっていた。

「あ、ダメじゃないか。んー、やっぱりもっと強くかけとかないとダメなのかな?」

 その声が聞こえてきた瞬間、世界が反転するかのように目の前がぐにゃりと歪んだ。
 辛うじて保てていた私の意識は、今までよりも強く霞がかかったような、真っ白な状態になった。
 以前より強く、濃く、まるで永遠に離さないとばかりに私に深く絡み付いていく。


 私が逢いたいと願うのは、共に居たいと願うのは、いつだって……。


 (ルイ、たす、け──……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?

水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。 メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。 そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。 しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。 そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。 メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。 婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。 そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。 ※小説家になろうでも掲載しています。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

処理中です...